沖縄の平和学習の未来

世界のみなさま、こんにちは!

沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原(きらはら)です。

第5回目の今日のテーマは、前回ほったらかしてしまった「沖縄の平和学習」です。

前回(第4回)のタイトルに入れつつも「がちゆん」だけにフォーカスしてしまったことを少し反省しています。

さて、沖縄における平和学習。

その基本が「戦争の悲惨さを後世に語り継ぐこと」です。第2次世界大戦(あるいは太平洋戦争と呼ばれる戦争)において、日本で唯一行われた地上戦が「沖縄戦」です。

地上戦を一言でいうなら「陸地で行われる戦闘」です。空からの爆撃だけではなく、陸上部隊同士がまさにぶつかり合い、(銃などで)撃ち合い、(戦車などで)射ち合うという、血で血を洗う戦闘のことです。

それが行われた「沖縄戦」。1945年当時、人口約80万人だった沖縄ですから、戦闘員である軍隊だけではなく、何の罪もない民間人まで巻き込むのは自明の理であったはずです。

その戦闘で生き残った方々が、血で血を洗う戦争の悲惨さを、戦争を知らない世代に語り継ぐことで、少しでも反戦の機運を広げよう、戦争を無くしていこうという思いから始められたのが「沖縄の平和学習」なのです。

県内には様々な場所に「反戦・平和」を提言する施設があります。

そのなかでもっとも有名なのは「沖縄県平和祈念資料館」だと思います。

沖縄県平和祈念資料館のサイトはこちらから。

沖縄戦が、どのような状況であったのか、血で血を洗うという表現がどのようなものなのか、資料館では詳しく知ることができます。ぜひサイトを見るか、資料館を訪ねてみてください。

ちなみに沖縄県では毎年6月23日が「慰霊の日」とされています。

沖縄戦で亡くなられた方々を国籍や官民問わずに思い偲ぶとともに、反戦平和を誓う日でもあります。しかし、終戦から70数年が経過して、戦争経験者も一番若い世代でも80歳代になろうとしています。

あなたは、自分の抱えるトラウマのような記憶を、わざわざ思い出してまで他人に語りたいと思いますか?

戦争体験者は、思い出すのも心が痛むであろう戦争の記憶を、語り継いできた人たちです。その記憶を継承するということで、数多くの戦争体験談を、映像なり、音声なりで記録しています。

しかし、あと10年か20年か、戦争を経験した世代が語れなくなったとき、わたしたちはどのようにして、反戦・平和の機運を持ち続ければよいのでしょうか。

「がちゆん」が提示してきた「平和学習を学ぶもの自身が自分で考え、ほかの人とディスカッションする」という平和学習は、そういう意味で、県内のみならず平和学習の新たな形のひとつと言えるものなのです。

だから、県内メディアももてはやしたのでしょう。

結果的にはもてはやしただけ、でしたけれど。

わたくし喜良原、実は沖縄県平和祈念資料館ともお仕事をしたことがあります。ですので、何度も資料館には通っていますし、訪ねるたびに厳かな気持ちになります。世界が平和であってほしいとの願いも強くなります。

沖縄の平和学習の未来。

「がちゆん」が提示したひとつの形。

わたしたちにもできる何か。

つねに探しています。遠くなく、ひとつの答えを出せるような気もしています。問題提起だけではなく、ひとつの答えを。

話が長くなりそうですので、本日はここまで。

これからも、どうぞご贔屓くださいますよう。

沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原でした。

あでゅー。

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