私立と公立。沖縄に限らない話ですけれど。

世界のみなさま、こんにちは!

沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原(きらはら)です。

今朝、夜中に雨がドサリと降った様子で、街が濡れていました。ここから晴れていくらしいです。

さて第8回目の本日のテーマは、「私立と公立。日本の教育を考える」です。

そんな、まあ大したことは言えませんけれど。

日本の教育。これは世界でもそうかもしれませんけれど、良い学習成績(成績表が良いという意味)を修めて、より良い(偏差値の高いという意味)学校へ進学して、より良い(大企業で高収入または国家公務員等という意味)進路に進めるように、というのが、親御さんの共通した考えではないでしょうか。

つまり、子どもの幸せを願う親御さんなら共通の考えだということです。

世の中には子どもの幸せより、自分の幸せを優先させる親御さんもいるようですが。

ところで日本国内には、大学がいくつあると思いますか。文部科学省の発表で780大学あるそうです。

文部科学省「学校基本調査(2017年度)」はこちらから。

その学生数は約289万人。1大学あたり約3700人。まあ、1つで7万人余も抱えているような巨大な大学もあることですし、きっと100人規模の小さな大学もあることでしょう。

ここで皆さん、面白い数字があります。

2017年度の大学入学者数は、約62万人。同じく18歳人口は約62万人。「大学全入時代」と言われて長いですが、その気になればだれでも大学に入学できる時代が、本当にやってきているのですね。

この大学全入時代。大学に進学しなければ恥と思われている時代なのでしょうか。

恥と勝手に思い込んでいるのかもしれませんね。子ども本人だけではなく、親御さんも。あるいは社会も。

その心理を思い切り突かれて私立大学は増え続け、今や全国に600に迫る私立大学が乱立しているわけです。

まさに乱立です。この半世紀というもの大学経営はひとつの企業経営となり、国からの補助金と学生(の保護者)からの学費を如何に増やせるかが重要な“営業目標”となった。生徒数は増やせるだけ増やしたい。学部学科はひとつの事業部的な扱いとなって増やせるだけ増やしたい、大学のパンフレットは会社案内よりも力を入れて毎年制作されている。

学生(あるいは保護者)は「大卒者」の肩書がほしいから、とりあえず現役で入れる大学を探す。偏差値は「入れる大学の基準」であり、自分が目指す高みなどではない。だから二流ならまだしも三流、四流の大学だと自覚しながら生徒も通うし、保護者も金を払う。

こんなことで良いのでしょうか。

わたくし喜良原は思います。

全国から、一定レベル以下の大学は無くしてしまえばいい。誰もが大学に入れるような状況は無くしてしまえばいいと。

大学は「本当に大学に行きたくて努力している人が行ける場所」となるように、そして「努力の結果として学力(またはそのほかの能力)が一定レベルに到達した人は無償でも大学に進学できる環境」を作るべきです。

そのほかの能力と書いたのは、必ずしも学力が進学を希望する人間を評価する指標であるとは言い切れないからです。

話が長くなりそうですね。次回に続けます。

これからも、どうぞご贔屓くださいますよう。

沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原でした。

あでゅー。

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