私立と公立。日本の教育って。(ようやく、終)

世界のみなさま、こんにちは!

沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原(きらはら)です。

2018年11月20日。それはもう素晴らしい秋空です。写真を掲載しないのが惜しいのですが、撮影には自信が持てなくて……今後がんばります(詫)。

さて第10回目の本日のテーマは、まさかの3回目まで引っ張ってしまった「私立と公立。日本の教育を考える」の終篇です。上手く終われますように。

前回は、「大きな企業が大卒者を優先する理由は、ルール順守に慣れているから」であり、ちなみにこの言葉は国内きっての有名企業出身者が話していましたので、説得力に溢れすぎているのですが、もうひとつの視点としては「実業系の進路があまりにも軽視されているため、様々な害悪が起きているのではないか」というところまででした。

詳しくは前回ご参照。

というところから続けます。

日本のみならず世界にまで対象が広がるのもどうかと思いますが、人類の黎明期に「社会」が生まれて「経済」が生まれたころから変わらずにあること、普遍に不変であるため、現代においては見逃されがちな事実があります。

それは、「経済の実質は、生産であり物々交換であり消費である」ことなのです。

何が言いたいか。

わたしたち人間が生物である限り、食べ物も衣類も建築物も必要、つまり実業系の仕事こそが経済の実質であり、いつの時代も誰かがそれを担ってきたのに、その誰かやその仕事が社会的にはあまりにも軽視されているために、日本(だけではないのですが、とりあえず日本)は危機的な状況にあると言いたいわけです。

農家のいない畑で、どんな作物が取れますか。

漁師のいない海で、あなたは魚が食べられるのですか。

こんなスペースでは書き尽くせないほど、実業系の仕事は社会に必要なのです。それが、実業系の進路を軽視する風潮のなかで、三流四流の大学(と、その卒業生)はどんどん増えていく(学生さんに対して悪気はありません)のに、肝心な実業系の就労者はますます減っていく。

これは危険です。というお話なのです。

社会のどんな人にも役割がある。などとキレイゴトを述べるつもりはありませんが、それでも重要な役割というものが存在するし、それは決してホワイトカラー的な仕事だけではないのです。

保護者の皆さま。

我が子がケーキ屋さんになりたいとか、お花屋さんになりたいとか、農家になりたいとか、漁師になりたいとか、樵になりたいとか、船員になりたいとか、パイロットではなく飛行機の整備士になりたいとか、そんなことを言い出しても、それを中学生になっても高校生になっても語り続けていたとしても、その夢や目標を否定したり曲げたりしないであげてください。むしろ伸ばしてあげませんか。

一人当たりの社会貢献度を考慮した場合、実業系の仕事の貢献度は非常に高いのです。そもそもこの事実を、マスメディアの皆さんも検証してほしい。きっと驚くはずです。

わたしたちの視野を今一度、広げる時期に差し掛かっています。毎日の食べ物に感謝せよ、なんて宗教っぽいコトは言いませんが、大学が、あるいは学業がすべてではないという理屈はお判りいただけたかと思います。

はい、ようやく終わりました。この話題にはまたどこかで触れることもありそうですね。

これからも、どうぞご贔屓くださいますよう。

沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原でした。

あでゅー。

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