犬猫の生体販売を休止(沖縄タイムス記事より)

世界のみなさま、おはようございます!

沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原(きらはら)です。

2018年11月27日、今朝はひさびさにスカッと晴れております。秋のドライブ日和です。でもわたしは屋内でデスクに張り付いております。滝涙。

 

さて第18回目の今日のテーマは、今朝の沖縄タイムスの記事から「ペットショップが犬猫の生体販売を休止」です。

すでにYAHOO!のトップにも掲載されていますけれども、沖縄でペットショップを展開している「オム・ファム」が、2019年4月から犬猫の生体販売を休止することを決定したようです。

 

わたし、以前から不思議に感じていたのですけれども、保健所がノラ犬・ノラ猫の殺処分を実施しているのに、なにゆえペットショップは規制を受けていないのでしょうか。

わたしが幼いころ、犬は他所からもらってきて、ちゃんと餌をあげて散歩をさせて、一緒に遊んで、死ぬまで面倒をみるのが大前提の生き物でした。

生き物という表現が正しいのか分かりません。人によっては家族と思う方もたくさんいらっしゃるでしょうから。

わたしも幼いころに犬を飼っていたとき、普段は屋外の犬小屋にいましたが、台風の時には犬小屋ごと屋内(といっても玄関のタタキ)に避難させたりして、上下関係はきちんとしつけをするものの、半ば家族のように扱っていました。

中学生までに4匹の犬と一緒に過ごしましたが、いずれも最期を看取りました(一匹例外はあるのですが、それはまた別の機会に)。そもそも簡単に手に入るような感覚ではなかったですし、飼う以上は、という責任感のようなものを親から厳しく言われた記憶があります。

転じて現代は、犬猫を気軽に「飼える=買える」時代になっています。そして、飼って(買って)もらえなかった犬猫が悲惨な目に遭っていて、飼われた(買われた)犬猫でも面倒を見切れずに捨てられたりして、殺処分されている。

この状況、悲しすぎます。

わたしは昔から「ペットショップについては法律で厳しく規制すべき」だと考えていました。命の大切さ、重さを子どもたちに教えるとき、「でもお金で買えるからね」と言われたら、あなたはどのように返事をしますか。

人間の命も、人間以外の動物の命も、同じ命だよと教えるそばで、「マルチーズ10万円」と表示されていることを、どのように説明すればいいのでしょうか。

海外では日本のようなペットショップはあまり存在しておらず、法律で定められた有資格者であり繁殖・生育するブリーダーと犬猫を飼いたい希望者が会って、責任をもって最期まで面倒を見るという誓約のうえで取引されているようです。

飼いたい(買いたい)人がいるから、売る人がいる。需要があるから供給がある。ことペットに関しては、それは簡単に成り立たせてはいけない商いではないかと考えます。

ともあれ、今回の「オム・ファム」の決断に大きな賛意を表して、これがひとつの鏑矢になることを心から祈っております。

本日はここまで。

これからも、どうぞご贔屓くださいますよう。

 

沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原でした。

あでゅー。

 

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