NAHAマラソンを実際に走ってみました。(後編)

世界のみなさま、おはようございます!

赤ヘル主砲の移籍について悪態をついてみて、自分がアンチだということに薄っすら気がついた、沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原(きらはら)です。

役回りみたいなものですよね。メジャーなプロスポーツ界には、地道に選手を育てるチームがあり、育った選手を刈り取りしていく金満チームがある。それはラ・リーガにも、Jリーグにも、MLBにも。それぞれがお互いに役回りを演じていて、熱く盛り上がる……のでしょう。きっとそうですよ。

 

さて、第22回目は前回に引き続き「NAHAマラソン・喜良原出走記」でございますが……。

20代半ばで今よりも体重が20kgは軽かったスリラーマンのわたくし喜良原が、同僚とNAHAマラソンの完走(&喫煙)を賭けるという愚行に出て、一所懸命に練習を重ねていた本番1カ月前のある日、アキレス腱を故障して、通常の3倍ほどはありそうな極太注射器で消炎剤を患部にブチ込まれた上に、1カ月間の練習禁止を申し渡されたところまで、でした。説明が長いですね。

それからの1カ月は全く練習もせずに悶々としながら過ごしましたが、NAHAマラソン本番を週末に控えた4週目の終わりには痛みもすっかりなくなり、直前の金曜日には5キロを試走し「少なくとも5キロは走れるから、とりあえず出る」と決断しました。

本番当日。朝から12月とは思えない陽気の日曜日でした。

最高気温は25度が予想されていて、申込時の自己申告タイムが5時間50分だったわたしのゼッケンは25000番台。スタート地点から遥か後方、前はぎゅうぎゅう、後ろの選手は疎らで大会関係者だけが忙しそうに動いていました。

午前9時のスタート。ピストルの音は聞こえました。聞こえましたが、ぴくりとも動けません。大渋滞の交差点によくある風景ですね。信号が青だが、まったく進まない。

そのうちゆっくりと歩きで前に進めるようになり、わたしがスタートラインを超えたときはすでに15分以上経過しており、トップランナーはすでに5キロを通過したと中継のアナウンスが大音声で案内していました。

「こりゃひでえ話だわ」

「仕方ないよ。だって30000人だよ」

そんな声も方々から聞こえましたけれど、グチを並べても前には進めません。

前々回にも書きましたけれど、実はNAHAマラソンのコースは意外に高低差があります。国際通りも約1.6キロの直線にアップダウンが何度もありますし、国道329号線からの爬龍橋やそのあとの南風原町から東風平町へと続く南部路もダウン・アップ・ダウンの繰り返しなんですね。

その高低差に加えて、自分とはペースの違う人たちに囲まれて走るので、遅い人を避けるために左へ右へ、早い人に抜いてもらうために右へ左へと、無意識のうちジグザグに走ってしまう自分がいました。

さらには、沿道の応援の人の多さですよね。

もう感動するぐらい、沿道の家々から出てきて、自宅の前から声援を送ってくださるわけです。時にはオレンジやバナナ、水分に黒糖にハチミツに、あとは庭のホースから空に向かって勢いよく水を放って、大粒の雨のようなシャワー。これは大変有難かったです。なぜなら当日は、予報を超えて26度まで気温が上がったから。

沿道の声援を受けていると、もうペースとか考えられないです。ひたすらシャキシャキと走ろうとしてしまう。

沿道の声援が途切れるわずかな区間は、もうヘロヘロで一気にペースダウン。また集落が近づくとシャキシャキと。

アップダウン、大集団、沿道の声援。この3つはわたしの練習ではまったく想定されていませんでした。想定外のことって、いつでも起こりうるものなのですね。

17キロすぎの具志頭交差点の上り坂を登り切って沿道の声援が途切れるころには、わたしのスタミナはゼロとなり、中間地点の摩文仁の丘(平和祈念公園)の入り口に差し掛かったとき、タイムアップの花火が鳴りました。

中間点まであと2分か3分というところでしょうか。嗚呼、スタートさえ早く申告していれば……と思わないでもありませんが、それこそ鱈肝のお話。

わたしのNAHAマラソンはそこまででした。

そのあと、売店で買った6個入りのミカンのうち5個を食べ、残りの1個をベンチの隣りに座っていた見知らぬ女性のおにぎりと物々交換し、それもキレイに食べてから、ポカリを飲みつつストレッチをして、家族のお迎えの車を待ちました。

ちなみに、この年のNAHAマラソンの完走率は当時の最低記録だったかと記憶します。もともとNAHAマラソンの完走率は良くても60%台で、他のマラソン大会と比べると極端に低いのですけれど。

さあ、わたくし喜良原がもう二度と出ようとは思わなNAHAマラソンが明日、開かれますね。出場される方、ぜひ頑張ってください。心から応援しています。お贈りできるのは声援だけですが。

くれぐれも、アップダウンと大集団と沿道の声援にはお気を付けください。

昔のスリラーマン、沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原でした。

あでゅー。

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