比嘉大吾選手の復帰(ボクシング)

世界のみなさま、こんにちは。

グッドニュースが届いたので本日2回目の更新、沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原(きらはら)です。

嬉しかったのは、先ほどYAHOOニュースで見かけた、「ボクシングの元WBC世界フライ級チャンピオン、比嘉大吾選手が復帰の見通し」というニュースです。

今年の2月、沖縄県立武道館で行われた世界タイトルマッチ(防衛戦)、そりゃあもう沖縄ではプラチナどころではないチケットの扱いで、地元開催が発表された当初からコネがなければ取れないという諦め感が流れたほど、県民は盛り上がっておりました。もちろん即完売です。

諦め感が高じてか、「なぜ会場が3000席しか作れない沖縄県立武道館なんだ!」とか、「もっと大きな会場で、もっとたくさんのチケットを準備すべきだ!」とか、「地元向けのチケット販売枠を作ってほしい!」など、怒号のような心の叫びのような意見が飛び交いました。

ちなみに、常設のイベント会場で沖縄県最大といえば宜野湾市の沖縄コンベンションセンター(展示棟)なのですが、そちらもボクシングスタイルだと3150席と公表していますので、武道館が悪い選択というわけではなかったのですが。

 

その2月のタイトル防衛後、リング上で「春に3度目の防衛戦をやる!」とブチ上げられた(本人も驚いた)ことで、比嘉大吾選手のボクシング人生は一気に暗転する道へと進み始めました。

そうです。4月のタイトルマッチでの体重超過ですね。身長は高くない(161cm)比嘉大吾選手ですが、筋肉質の体で重みがあるため、もともとフライ級では減量がきついとたびたび発言していました。

試合後に一度体を解放して、また時間をかけて絞り込む。この作業がとても大変なものであることは、これまでにも明らかにされていた事実です。しかし、2月、4月とわずかな期間で試合を行うことになった。皆さんもご存知の通りですね。

彼が受けた衝撃を慮ります。

自分が大好きなボクシングで、これしかないと思ってやっていることで、大きな期待を背負っているなかで、減量しきれずにベルトを失い、試合には敗れて、挙句の果てには過度の減量が祟って入院することになった。

当時22歳の青年が、もう世間に顔向けできないと、もうボクシングを辞めたいと、そのように考えるのもムリはない話です。

 これ、誰のせいですか?

誰か、この件で責任を取りましたか?

などという話は、もうヨコに置きます二度とこのようなことは起こらないという切実な願いのもとで、ヨコに置きます。

 

比嘉大吾選手が復帰の見通し。

沖縄のヒーローが復帰の見通し。単純に嬉しい話です。早く帰ってきて、また世界に羽ばたいてほしいと心から願います。

シュッシュ、シュッシュとシャドーをしてしまう、沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原でした。

あでゅー。

 

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