違憲より、子どもたちのために

 世界のみなさま、こんにちは。

 生え抜きを大事にしない組織に腹立つものは感じるし、そんな組織は長続きしないはずだと思うのに、あのチームはなぜか栄えているのよね、と首をかしげる沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原(きらはら)です。

 そして誰もいなくなった。というときまで、分かりませんけれども。誰もいない場所で組織の長が成り立つのかどうか、誰か試して頂きたいところです。

 さてさて、本日付けの沖縄タイムスに著名な憲法学者・木村草太氏の寄稿「住民投票の不実施は違憲」が掲載されていました。

 そうです。憲法に素人のわたしにだって分かる理屈です。法律に定めたる定数を超える署名を以て請願され、県議会の議決により制定された住民投票(県民投票)を実施しないとするのは、憲法の保障する国民の権利を、その自治体(市町村)の議会および首長が奪った、民主主義をバカにしたような違憲状態なのです。

 住民投票の実施に反対の動きを見せているのは、いずれも保守派の首長および与党多数の議会ですから、表面的な理由はどうあれ、政治的な理由が水面下というより水面に浮き出ているのは火を見るより明らかです。

 宮古島市では、住民投票を実施したい住民の会が首長や議会を相手に訴訟を起こすとしておりますが、訴訟では2月24日の県民投票に間に合わない可能性があります。

ならば、その前に住民投票の実施を求める宮古島市だけの署名活動をしてみてはいかがでしょうか。

 県民投票の実施を求める住民の署名が法律の定める定数を超えていれば、認めざるを得ないのではありませんか。

 辺野古新基地の建設に賛成する人も、反対する人も、投票する人も、投票しない人も、自由です。ただ、すべての県民が投票する機会を持てなければ、それは違憲です。

 難しいことを言い合うのはやめましょう。勝ち負けではなく、率直な意思表示。

もう辺野古問題には飽き飽きだという方は、建設賛成に投票すればいい。

 この投票が終わったあと、辺野古問題に関して別の切り口から「もう1回、県民投票をやろう!」という話になったときは、わたくし吉良原も「いや、その件は一度やったよね」と言います。

 わたしは賛成・反対のどちらに投票する、なんてことは言いません。どちらに投票してほしいということもない、普通に意思表示。白票でもいいじゃないですか。

はっきり申し上げて、違憲とか法律違反とか、首長や議会の責任放棄とか、政治的な理由とか、どうでもいいですよ。

 わたしたちオトナは、今このとき、まだ選挙権のない世代の未来をも背負っているのです。県民投票の不実施は、子どもたちに恥じない決定ですか。投票に行かないとすれば、それは子どもたちの未来を考えたうえでの決断ですか。

 未来を決めるのは、いつも「今」なのです。

 誰が勝った負けた、そんなことに意味はない。未来のために「今」どうするか。県民投票も選挙も、そういう話なのです。

 首長の皆様、議員の皆様、県民の皆様。とりあえず、県民投票は実施しませんか。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原まなつでした。

 あでゅー。

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