空手は武道かスポーツか。

 世界のみなさま、おはようございます。

 いくらなんでも70分オーバーの記者会見のほとんどを生中継するってえのはやりすぎじゃないですかと思ってしまった、沖縄らぶびたんDays、主筆の喜良原(きらはら)です。

 無責任という質問があったようですが、それどころか、充分すぎるほどに配慮された発表だったと思います。だって、辞めたいけど2年間ガマンするとおっしゃっているわけですから。ファンにもメンバーにも、商業的にも充分すぎますよ。

 あ、嵐さん関連ですが。

 さて、ここ数年、俄かに脚光を浴びている「空手」について、恥ずかしいことにわたくし喜良原はお仕事で御一緒するまで、ほとんど認識しておりませんでした。

 空手発祥の地に生きていながら空手のことをほとんど知らない、なんならマンガのなかでしか知らないような為体でございました。なんたる軽薄な人生でしょうか。

 しかし、空手。

仕事で御一緒して目が行くようになったのか、たまたま訪れた体育施設やテレビなどで見かけるようにもなり、沖縄県では「空手による沖縄振興策(おもにツーリズム)」を打ち出していて、内閣府でも空手の紹介をしているほど。

この急激な空手ブームに、個人的にはとても驚いています。

 ところで、現代空手がどのように競われているか、みなさまご存知でしょうか。

 空手の競技は「型」と「組手」に分かれていて、「型」はアイススケートや体操系の種目と同じように審査種目で、「組手」は剣道、柔道などと同じく、相手がいて……まあ、タイマン張りましょ(古語ですんません)的な感じです。

 前置きや説明は、沖縄県庁(空手振興課)内閣府のサイト東京五輪公式サイトをご覧いただきつつ本題に入りますが、空手は武道かスポーツか。ということです。

 先日テレビを見ていましたら、五輪種目としての空手競技会が放送されていました。ど素人のくせに格闘技はなんでも大好きなわたしですから、ちょうど始まった「組手」の映像に目を奪われ……奪われ……ませんでした。

 なんとなくプロボクシングやキックボクシング、総合格闘技をイメージしていたわたしが間違っていたのだと思いますが、マンガでいえば「コータローまかりとおる」や「修羅の門」的なイメージをしていたための勘違いだと思いますが、テレビのなかの「組手」は純然たるスポーツであり、早さと的確さが重要で、まるでアマチュアボクシングのように感じました。

 つまり、お互いに巧みなステップと素早い動きを駆使して、突きや蹴りを当てる、防ぐ、躱すなど、どちらかと言えば剣道やフェンシングに似た感じの競技でした。

 だいぶ以前に生で観戦したことのある空手大会の「組手」は、顔面攻撃その他反則はあるものの、近距離でひたすら打ち合うもので、もしかしたら、今もそのような大会は存在しているのかもしれませんが、しかし空手とは、武道なのでしょうか、それともスポーツなのでしょうか。

 わたしの狭い知己の範囲ですが、空手や古武道をやっている人はほとんどが地元の空手道場に通っていて、頑健な体で、素早さよりも力強さを感じさせる人ばかりで、拳は分厚く硬くなっており、こんな拳には間違っても殴られたくないと思わせる人ばかりです。

 しかし、画面のなかの「組手」はそうではなかった。素早く動くために鍛えられた体形で、目の前で動かれたらとてもじゃないが、追えないと思わせるほどです。しかもポイント制なのですね。これも知らなかった。

 どちらが良い悪いということはなく、ただ疑問に感じました。

 空手は武道かスポーツか。

 その両方がある。はい、理解できます。

 オリンピックはスポーツの祭典ですから、殴り合って血を流すような競技は採用できないでしょうし、これを観戦したいと思い、興味を抱く人も限られるでしょうから。

 沖縄には数多くの空手の流派があり、道場があります。

 自分がどちらを向いて(武道かスポーツか)空手を志すのか、という立ち位置の問題なのかもしれません。

 ただ、空手発祥の地に住まうものとしては(ど素人ですが)、やはり空手は武道であってほしいと勝手に願うのでした。

少年のころに古武道の「サイ」に憧れていた、沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

足に落として刺さるところでしたよ。

 ではまた次回。

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