月別アーカイブ: 2019年2月

71%または72%。笑

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 いつだったか「ウラ梅雨」を表現した2月の沖縄。今年は順調に降りまくっております。2月の晴れた日は片手で数えられるほどです。

 さて、その雨模様だった昨日(2月24日)、辺野古基地の是非を問う県民投票が行われました。結果は、まあ予想通り「反対に〇」が多数でした。

 投票総数は60万5385票(うち有効投票数60万1888票)。期日前を含む最終投票率52.38%。賛成11万4993票、反対43万4273票、どちらでもない5万2682票。

 投票総数(有効票)に占める「反対」の得票率は72.15%。全有資格者数115万3591人に対する「反対」の割合は37.64%。

 沖縄県民(出身に関わらず県内在住の意味)であれば、投票率も含めて「まあ、こんなものでしょう」という感覚だと思います。玉城デニー知事が当選した昨年の県知事選挙より、投票率は約10%低いものの、「反対」票は約4万票も多い。

 つまり、保守系の立場の人であっても、辺野古基地には反対の人が多くいらっしゃるということ。

 「賛成」に投票する(した)人の意見を、わたしも拾いました。

「どうせ政府は聞く耳を持たないわけだし、普天間の固定化が……」という意見も多く聞かれました。

 わたくし喜良原、何度も声を大にして言います。

 普天間と辺野古は分けて考えるべきものです。

 そもそも、普天間基地が世界一危険ならば、なにゆえ辺野古完成まで待たねばならないのか。既存の施設に振り分けて、普天間を閉鎖すればいい。

 辺野古が完成するまでの間というのは、「あと何年」ですか。

 そして、この県民の声が示されてもなお、辺野古を継続する根拠をご提示ください。

 県外のみなさま、県外にお住いの県内出身者のみなさま、世界のみなさま、この投票結果をどのように受け止めてくださいますか。

 政府はそれでも辺野古を推進する。

 国は国民の意志を無視する。

 このようなことが、沖縄だけではなく、みなさまのお住いの地域でも起こり得るという現実を、ご理解頂けますか。

 これまでも触れてきたように、「きれいな海を汚すな」という論拠には「県内のほかの埋め立て地域はOKなのか?」との疑問が解けず、ちょっと足を乗せられません。これまでに埋め立てられた地域(海域)はすべて経済を支える地域となっていますから。

 ただ、戦争のための施設は縮小の方向であるのに、沖縄においては新設され続ける不条理が頂けない。

それに、世界一危険と言いながら、辺野古ができるまで危険なまま待てという不条理が頂けない。

 普天間ではない、どうしても辺野古に新設しなければならない、日本国としての論拠を示さなければ、県民は理解も納得もできないまま。この話題に関する限り、国と県民(国民でもあります)は平行線のまま。そんな気がします。

 県民投票は終わりました。

 反対多数となりました。

 さあ、どうなるのでしょうか。どうなるのかと期待をすることさえ、ムダになるのでしょうかね。

 今朝の沖縄の天気は、雲のスキマから太陽が顔をのぞかせています。

これから晴れていくのでしょうか。曇り空の気まぐれなのでしょうか。


 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)でした。

 ではまた次回。

いよいよ県民投票迫る!

 いよいよ、などと煽る気持ちは1ミリもなりのですけれども。

 何となく、明日の朝刊見出しに使われそうな文言をタイトルにしてみました。当たったら、自分を誉めてあげたい。笑

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 2月24日の県民投票が、目前に迫ってまいりました。

 注目するのは、投票率。そして得票数(および率)。

 わたしはすでに期日前投票に行ってきましたが、昨年9月の県知事選と比べると、ご年配の方だけではなく、30代、40代と見られる皆さんも多く見受けられました。10代20代は見なかったと思います。

 その期日前投票は県知事選の2倍のペースで投票されているとの新聞報道ですが、実際には24日の投開票まで含めての結果ですから、知事選の最終投票率(63.24%)を超えるかどうかが、今回の県民投票を評価する大きな指標となるでしょう。

 もうひとつは得票数(率)。知事選では玉城デニー氏が396000票余り(得票率約55%)を獲得して当選。ですから、反対派が大きく勝るのは当然としても、この知事選の数字を超えてくるかが、もうひとつの指標となります。

 投票率が低ければ政府がほっとし、逆に高ければ県がどうだと言う。反対派の得票数(率)が低ければ政府がほっとし、逆に高ければ県がどうだと言う。それだけですね。

 ただ、結果がどうあれ、勝ち負けという言葉を使わないでほしいと願います。勝った負けたの話にしたところで、恨みつらみが増えるだけじゃないですか。

 大切なのは、普天間基地をどうする、辺野古新基地をどうする、というところであって、勝ち負けではない。ここを押さえておきたい。

 ところで、今日現在でも「反対に〇(マル)」派の方々が、「投票で反対に〇をと」非常に積極的に訴えかけています。

 県内では「賛成に〇」というのは、やはりどこか気の引ける主張なので、声高に「賛成に〇」という叫ぶ人はおりません。

 新聞紙上では「賛成に〇」「反対に〇」の人たちが(なんと顔写真も載せて)取材に応じています。一般市民の方々もいらっしゃいます。反対派の人は写真が掲載されても、どうってことはないでしょう。賛成派の人たちが取材を受け、写真まで掲載されていることに、素直に敬意を表したいと思います。

 ちなみに、ここ数日は街宣カーを利用した呼びかけや演説までも行われています。実はこれにはウンザリしています。

 選挙の時も、これにウンザリさせられているわけですが、県民投票そのものに反発を感じる人も少なくないのではと感じるほど、うるさいのです。

 ハッキリ言って、やかましい。

 どちらに投票するかは、県民の自由でしょう。「反対に〇を」と、なぜやかましく言われなければならないのでしょうか。

 わたしは耳が大音声に弱い(ジンジンと共鳴してしまう)ので、街宣カーには何度か「やかましいですよ」サインを送ってあげました。きっと賛成派だと思われたでしょうね。

 賛成・反対はさておき、ただ、音声がやかましかったのと、どちらに〇をつけるのか、他人の考えを押し付けられたくなかっただけです。

 どのような内容であれ、考えを押し付けるのは、政府が辺野古を推し進めるのと同じではないかな、普天間固定化がどうだと繰り返す姿勢と同じではないかなと、感じてしまうのはわたしだけでしょうか。

 いずれにせよ、投票の日はやってきます。

 週明けにはどのような状況になっているのでしょうか。笑顔になれる人はいるのでしょうか。

 後世の人たちは、この投票をどのように振り返るのでしょうか。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)でした。

 次回は、投開票後、ですね。

バイトテロについて、不明をお詫びします。

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 わたくし喜良原、その昔にキリスト教の教会に通っていたことがあり、しかも聖書を読み合わせ、讃美歌を唄ったこともありますし、意味は理解できなくても聖書を読破した経験もあります。記憶はほとんど残っていないのが玉に瑕ですが。

 そのわたしが、バイトテロ、バカッター、バカスタグラマーの記事で、大切な視点を忘れていたことに気づきました。

 お詫びして、大切な視点をふたつ、追加しておきたいと考えた次第です。

 その視点とは……。

 ひとつめは、「彼らを一度許す」ということです。

 年を取ってから「俺も若いころはよー。」的な武勇伝というか自慢話というか与太話というか、まあ酒の席で話せるネタがあるじゃないですか。

 もちろんわたしにも、しょーもないことですが、いくつかあります。

 その時代にSNSが存在していたら、わたしもそれに投稿していたかもしれず、また炎上していたかもしれず、もしかしたら「人生おわたー」なことになっていたかもしれません。そこのあなたも、いま若者に制裁を加えようとしているあの人も。

 しかし我々が十代の頃にはSNSなどは存在していなかった。ラッキーなことに投稿することも炎上することも個人情報を晒されることもなかった。

 若者が愚かなことをするのは、いつの時代もある話。きっと現代でも。

 というのが、ひとつの視点。

 もうひとつは、「なぜそんなバカな行動に出たのか」という視点です。

 現代の学校教育は、相当な「良い子ちゃん教育」です。いまの未成年は、居酒屋で酒を飲むこともできません(いや、昔から未成年の飲酒は法律で禁じられてはいましたが)。これがバレたら自分の経歴書に「一生が台無しになるほどの傷」を付けられかねません。もちろん教育者の側が、傷を付けるのですが。

 だから、現代の十代は、昔の十代より相当賢いのです。常に「道を逸れない・道草を食わない」ように教育されているので、バカな行動がちゃんとバカな行動として理解できているのです。

 それなのに、なぜ。

 きっと現代も変わらないだろうな、と思える若者の行動原理のひとつに、「反発心」「反抗心」があるのではないか。そのように考えました。

 校舎の窓ガラスを叩き割って歩いたとか、盗んだバイクで走りだすとか、そういう反発心・反抗心が、バイトテロになって表れていないか。

 つまり、雇う側への反発・反抗の行動として。

 ちゃんと「良い子ちゃん教育」されていて、全体的に賢さレベルの上がっている若い世代は、余程のことがなければ、バイトテロのようなバカな行動には出ないでしょう。

 ということは、余程のことが、バイトの現場で起きているのではないか、ということです。

 わたしはコンビニでもファーストフードでも寿司屋でも、お客の立場であって、働く側ではありません。ですから、バイトテロの発生する現場に疎い部分があるのは否めません。

 ここまで列記したことも感傷と推測だと言われれば、その通りです。

 しかし、彼らを雇う企業側は、もっと彼らと話してみて頂きたい。できれば一度は許してあげて、社員教育の不備を詫び、彼らの働く現場に問題がないか、反発や反抗したくなるような状況がないか、確認してみてほしいと提案します。

 現状は厳しく罰することを表に出しつつも、原因究明はきちんと行う。

「ムシャクシャしていた」の理由を丁寧に拾って、働く現場には問題がなかったか、なければいい、問題があったときはどうしたらいいのか、企業側の動きが重要になってくるでしょう。

 いや、ほんとに、このふたつの視点に気づくのが遅れた自分の不明を恥じます。

 許して、考える。

 これこそが、今一度やってみるべきことだと思います。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

いつまで、病名と選手名で視聴者を引っ張りますか。

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 PCノータッチIT大臣兼任五輪担当大臣のがっかり発言について、マスメディアでも異論が噴出しているようですが……。

 今日の時点でとりあえず触れておきたいのは「いい加減、病名と選手名で視聴者や読者を引っ張るのをやめてほしい」ということですね。

 水泳大会のニュースでも池江選手、白血病、なんだかんだと名前を出す。

 そしてそれをついつい見てしまうし聞いてしまうし読んでしまうわたし(および多くの国民のみなさまもおそらく)がおりますが、ご本人の公式発表から1週間以上が経過した現在、もうそろそろお休みにしても良いのではありませんか。

 こんなに大騒ぎされては、本人も周囲の人も、あるいは病院や関係者の方々も治療に集中できないですし、「見守りたい」というならば、今はすべての報道を控えるほうが「見守る」という考えにふさわしい行動です。

 彼女は18歳。確かに選挙権はありますが(笑)、未成年ですし、水泳選手としてはともかく、病気に立ち向かう1人の人間として、マスメディアがつきまとって良い存在でしょうか。

本人がメディアに登場したいと望むなら話は別でしょうが、普段なら取り上げないような小さなネタでも、わざわざ選手名を引っ張り出して、取り上げる。

 これって、やりすぎです。

 マスメディアって、昔からこんな感じでしたっけ。

 ワイドショーと報道は別物だと思っていましたけど、今は報道がワイドショーに近寄っていっているように見えます。

 ちゃんとまっすぐに、必要な情報を伝えるのが報道。では、ないのでしょうか。ワイドショーが喜んで取り上げそうなネタばかりを、報道番組でも取り上げている。報道って、なんなのですか。

 以前から感じていましたが、いまは報道が時代の後ろにいる、そんな気がしています。

テレビ、新聞、ラジオ、雑誌の4マス。昔は、マスメディアが時代の最先端にいて、情報を発信していました。

 現代は、インターネットで流行っているものをマスメディアが取り上げる。ニュースならSNSや掲示板から。バラエティもSNSやYOUTUBEなどの映像サイトから。

視聴者提供の映像や画像が増え、取材は電話やメール。取材対象への直接アタックは、せいぜい政治家先生と芸能人やお天気などワイドショー的なネタが中心。

 マスメディアの気概、報道の気概というものは、どこへ消えてしまったのでしょう。インターネットの後塵を拝しているばかりで良いのでしょうか。

 簡単に視聴者読者の耳目を引っ張れるネタを何度も「再調理して出す」だけの作業で良いのでしょうか。

 どちらにして、いい加減、選手名と病名で視聴者読者を引っ張るのは自粛して頂きたい。おもに選手や周囲の人たちのために。あわせて、マスメディア自身のためにも、です。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

迂闊にも、がっかり(笑)

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 いやはや、例のパソコンを触らないIT担当相兼任のオリンピック担当大臣が「がっかり」して、またやらかしたのかと思いきや、マスメディアの先走りというか、誤爆というか、全文を読んだら取るに足らない発言の一部だったというお粗末さ。

 先のパソコンノータッチ宣言とは比較にならないレベルですよ。

 この文言、全体の文脈から誰が問題にしようと思うのか。最初に騒いだメディアだけは、確信犯的にぶっ放すつもりで打ち上げたのでしょうが、乗っかったメディアはカウンターパンチを食らったようなものですね。

 個人的には静観していて良かったと思っています。笑

 なんとなく全体の文脈が見えなかったので、しっかり把握できるまでは触れないでおこうと考えただけなのですが。

 しかし、乗せられて大騒ぎしたマスメディアより恥ずかしい人たちがいます。

 はい、一斉批判で色めき立った国会議員のみなさまですね。

 もしかして、議員のみなさまを担ごうとしてぶっ放したのでしょうか。議員のみなさま、見事にやられたのでしょうか。

 少なくとも、前後の文脈を見ずに騒いだ人たちにとっては、飛んだ赤っ恥ですね。

 情報は正確に把握してから動かれたほうが良い。そう思わせる出来事です。

 ちなみに、「火ぃ点けてこい!」などの荒い言動で辞職なされた首長のときにも、同じようなことがありましたね。

あれだって、もともと悪いのは「期限の決められたなかで、目的を達成していない=仕事をしていない公務員のみなさま」を叱ったときの言動で、言動の内容自体はひどいものでしたが、本来責められるべきは「公務員のみなさま」ですよね。

 自分の不出来を反省もせず腹いせのように録音した人がいて、しかもなぜか録音後2年も経ってから、選挙前になって公表されると。

そしてマスメディアは上手に乗せられ、大騒ぎになったあとに前後の脈絡が公開されて、実は市長もそんなに悪くないんじゃね? 的な流れになり、それでも市長は辞職して、マスメディアはアホ面で見送る。

自分たちが間違っていたとも言えず、ただ首長の辞職を見送る。

 喜んだのは……対抗馬ですよね。

 この一連の出来事が、誰かが良からぬ意図をもって、仕組んだことだとしたら……その出来事でメリットを享受した人が黒幕。というのは、物事の鉄則ですからねえ。

 いずれにしても、マスメディアが揃ってバカにされたというか、利用されたというか、良いように扱われてしまった事例が2件、立て続けに発生しましたというニュースでした。

 これで学ばなければ、マスメディアの明日も暗いと思われます。

 だって、取材内容に間違いがないか、齟齬がないか、確かめるために物事の全体像を把握するというのは、報道の鉄則じゃないですか。マスメディアの核じゃないですか。

 それができないままというのは、報道とは呼べません。

 全方位への見張り番。報道というものはそうであると信じています。これからも信じさせてほしいと願います。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。