18歳で独立(児童養護施設について)

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 今日は県立高校の卒業式の日です。沖縄県内では相当おとなしくなったとはいえ、メリケン粉や卵で卒業生を祝う……なんてことが、ときどきテレビで取り上げられたりします。

 伝統は大事ですものネ。笑

 さて、みなさま、ちょっとご想像頂きたいですが。

ご自分のお子様が「18歳で独立すべし。家庭からも経済的にも、18歳で独立すべし」と迫られたら、どう感じますか。

大学に行くにも、就職するにも、とりあえず独立してから。

そのように言われたら、どう感じますか。

あるいは自分に置き換えても結構ですが。

 そのような境遇の人がいるのか。います。少なくとも全国に約25,000人。

 そうです。「児童養護施設等で育った人」です。

 哀れみではなく、彼らの境遇をどうにかするために、わたしたちには何ができるのかと考えざるを得ません。

 ですが、行政にはできるでしょうね。

 大学無償化よりも予算が少なくて済み、なおかつ実施する価値が何倍もあって優先度も高く、明快な解決策も見えています。

 簡単です。

 施設卒業の年齢を22歳(あるいは25歳程度)まで引き上げるか、18歳以上(~22歳または25歳程度まで)の人が入所できる支援施設を設置すれば良いのです。

 児童養護施設が創設された時代は、最終学歴が中学卒業でも珍しくない時代。それこそ高卒であれば普通に就職もでき、学業の成績が良ければ大学進学を目指すという時代でした。

 現代は、高校までが義務教育のような感覚で、大学でさえ全入時代と言われ、進学希望者より大学定員のほうが多い時代です。地方の企業でさえ高卒より大卒が求められ、「人の資質より学歴」「腐っても大卒」という、盲目的な価値観がはびこっています。

 その時代のなかで「18歳で経済的に独立」という児童養護施設の規定は、冬山に裸のまま放りだすような、少なくとも登山道具も持たずに山を登らせるような、そんな規定になってしまっています。18歳で独立することを、もちろん本人の意思で選択できますし、その自由も大いにありますが、その意思の有無に関わらず18歳での独立が義務化されているのは、児童養護施設に入所している彼ら彼女らだけです。

 この状況が法の下の平等にも反しているのは明白ですから、少なくとも「18歳で独立する・しない」を選択できる環境を彼ら彼女らに準備することは、大学無償化などという馬鹿げた(そして袖の下のやり取りを想像させる)下策より100倍大切で、実施すべき急務と言えます。

 ちなみに、進学のための普通校、就職のための実業校という中学卒業時点の選択肢は過去も昔も共通ですが、いつの時代からか、就職できずにあるいは就職した者の早期に退職するなどして社会からあぶれたポジションに陥りがちなのは、「中学時点の学力は高くなかったけれども、少なくとも手に職をつけて卒業する実業高校生」よりも、「レベルの高くない普通高校に進学して、地域の有力大学には進学できず、行き詰った普通高校卒業生」であったり、「流れで二流三流の大学に進学したものの、中途半端なままの大卒者」であったりします。

 この現状、お判りいただけると思います。

 話を戻しますが、18歳での独立は、義務ではなく選択肢とできるようにすべきです。

そのためには、18歳以上でも施設にいられるようにするか、18歳以上だけが入所できる施設を作るか。

 それが一番確実な解決策です。

 

沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

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