月別アーカイブ: 2019年4月

平成の終わりに思うこと。

 世界のみなさま、こんにちは。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 日本全国10連休というスーパーゴールデンウィークのなか、沖縄はあいにくの雨模様というか、降ったり晴れたりというか、観光客のみなさまにはせっかくのご旅行なのに、ちょっと申し訳ない天気です。

 あと、申し訳ないと言えばやはり渋滞ですかね。

 沖縄本島北部への移動で(沖縄自動車道の宜野座以北は、終点の名護ICで大渋滞だろうと予想して国道58号線を選んだら、そこも恩納村から大渋滞。30分の余裕をもって出発したら、15分の遅刻でした。

 45分も読み違えたわたしもまだまだ甘いのでしょうが、こんなに渋滞ばかりでは旅行のみなさまは移動疲れしてしまうだろうなと感じました。

 宮古島の友人の話では、あちらでも最近はレンタカー旅行が急増していて、渋滞こそ少ないものの、違法駐車や交通事故が増えているそうです。石垣島も同様の傾向だそうですね。眺めの良い場所などでの交通トラブルも増えているとか。

 おかげさまで、この10数年で沖縄県内の観光地はほぼ掘りつくされて、ニッチもクィディッチもスニッチもないような状態ですが、ここにきて「思った以上の来客があっていろいろなトラブル発生=オーバーツーリズム」の状況が生まれてきました。

 つまり、トイレや駐車場の問題だけではなく、交通渋滞やホテルの建設地なども含めて地元住民の生活圏まで観光地化されてきたことで、軋轢や問題が発生しているということです。

 平成が始まった1989年頃。

 沖縄はまだ「本土を見上げている孤児」みたいな状況でした。前年の観光入域者数は約236万人(沖縄県公式)で、ほとんどはバスによる戦跡めぐり、史跡めぐり、あとはビーチと買い物でした。

 それが「琉球の風」が吹いたあたりから風向きが変わり始め、いまや観光客数は999万9千人。あなおそろしや、平成の30年間で4倍になっているわけです。

 ホテルは地元資本から一気に県外(あるいは海外)資本が流入してきて、個人経営のホテルは閉鎖されるかほそぼそと生き残るのみ。わずかに残る地元大手も、経営の規模から言えば(オリオンビールのように)いつ買収されるか分かりません。

 観光にいらっしゃる方々も変わりました。

 バスツアーで戦跡めぐりするのはご高齢の方が多くなり、メインはレンタカーを使ってのフリープラン。自分でプランを作って、沖縄中を移動しまくるトラベラーが本当に増えました。

 さらには外国人観光客も増えました。この30年間でおそよ10倍の、年間約300万人が訪れるようになりました。ちなみに10数年前からは中国、台湾、韓国など東アジア系の観光客が急増して、外国人観光客数を一気に底上げしています。

 沖縄県は、県の施策として「観光立県」を目指し、確実に実績をあげてきました。

 ひと昔前はテレビが、そして21世紀からはインターネットが情報の平準化に役立ってきましたが、美しい沖縄が全世界に情報発信されるにいたって、今では「沖縄生まれ? うらやましい」と言われることも少なくありません。

 この状況を、30年前に誰が信じられたでしょうね?

 世代的にいわゆる内地の人に対して引け目を感じている人たち(おもに1950年代以前)は、経済的に主流のポジションにありますが、70年代以降に生まれた世代にとっては「生まれた場所が違うだけ」。時代は変わるのだなあと実感しています。

 しかし、変わらないものもあります。

 はい、基地負担とか、そのあたりのことですよね。

 みなさま、一度で良いのでホリデイではない普天間基地や嘉手納基地の周辺で、1日を過ごしてみてください。事件事故の件数と概要だけでも、知ってください。

それからもう一度、これが同じ日本国内なのかどうか、みなさまのお住いの地域と比べられてください。

 わたしもこの件で、何度も申し述べるのは苦痛です。沖縄戦の戦争体験者のみなさまも、ご自分の体験(戦争の悲惨さ)を語るのは苦痛なのです。しかし、それでも語る。戦争の悲惨さを知ってもらうことで、少しでも戦争を遠ざけることができるならばと念じて。

 平成が終わりゆきます。

 沖縄は、観光地でもあり、かつての戦地でもあります。沖縄だけが特別ではない。世界各地に同じような歴史をもつ地域はあるでしょう。たとえばハワイなどは気候風土や戦争経験だけではなく、かつては小さな王国であったということも含めて、ほんとうに似ていると思います。その発展の歴史も含めて。

 この平成の30年を思うとき、個人的な喜び悲しみも振り返ることは多くありますが、何よりもまず変わり続け、また変わらずにいるこの沖縄の島々を思わずにはいられません。

 かつての沖縄県知事が「沖縄の心とはなにか?」と問われ、「ヤマトゥンチュ(本土の人)になりたくてなりきれない心」と表しました。

 しかしこの世代わりの時節にいたっては、いまさらヤマトゥもウチナーもありません。無いと信じたい。かつて小さな王国であったことを過度に誇る気持ちはなく、かつて戦場であった悲惨な記憶に潰されることなく、ただ一個の人間として、ここに居る。

 世界が平和であることを、ひたすら祈ります。

 ひとつの時代の終わりに、心から。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

北谷町の米兵・女性殺害について

 世界の皆様、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 ここしばらくは晴れたり曇ったり、曇ったり降ったり曇ったり晴れたり、吹く風は湿っぽく、そのまま梅雨に向かうような雰囲気の沖縄です。

 4月13日未明、北谷町桑江のアパートに住む44歳の女性が、在沖アメリカ海軍の32歳の兵士に殺害されました。

 この兵士は女性を殺害後に、自殺したものと断定されました。

 ため息が出ますね。

 男女の情のもつれた難しさに、ひとつ。

 良き隣人のひとりの残忍な行為に、ひとつ。

 抗議決議は出るけれど、まったく改善されない状況にも、ひとつ。

 綱紀粛正と言葉だけは繰り返される現状に、ひとつ。

 どうすればこのような事件が起きなくなるのか。

 日本人同士ならOKとか、そういう話じゃないですが、そこに基地がなければ発生しない事件だったと言ってしまえばそうなるわけです。

 つまり、基地のない地域では起こり得ない事件だということです。

 だから基地には反対という論調ではありません。むしろ基地の存在は前提で、このような事件をなくすために「ほんとうに実効性のある対策」はどうしたら良いのでしょうか。

 そういうことを考えるべきなのです。

 議会の抗議決議は重要ですけれども、実効性があるようには見えません。繰り返し決議されても「綱紀粛正」と同じレベルのパフォーマンスにしか見えないのです。首長の抗議行動にしても然りです。

議員先生にはほかに何ができるでしょうか。議員のみなさんを組み分けして夜回り組をつくり、交代制で街を巡回するなどの具体的な行動を示されてはいかがでしょうか。

 あるいは議会らしく、立法で対応すると。議会らしく。

 これ、実は単純なDV問題ですよね。人種とか職業とか基地とかは関係ない。ただDV問題が最悪の展開になってしまった。

 DV問題は解決が非常に難しい問題です。北谷町の事件でも、日本の警察も米軍のMPも絡んでいたのに防げなかった。

 唯一無二の解決策はひとつだけ。徹底した隔離。

 誰を?

 加害者を。

 軍人だからこそ実施できる解決策があります。DVの加害者であることが認められたら、即本国召還するのです。そして、二度と国外に出さない。特に被害者のいる国へは二度と向かわせない。たとえ軍を除隊したとしても。

 そのような施策が、軍人なら可能です。

 もしかしたら、一般人においてもこの施策は転用できるかもしれません。国際カップルでも日本人同士でも。

 つまり、加害者と認定されれば即転居させる法律をつくるのです。被害者も転居させるが、加害者こそ遠隔地に転居させる。あるいは1年間ほど刑務所に入れてもいい。

 いかがでしょうか。

 あ。

 また一罰百戒の方向に進んでいるでしょうか。

 もう少し、考察を続けます。

 被害者の方のご冥福を心からお祈りいたしております。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

沖縄3区・衆院補欠選挙の結果を憂う

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

遅ればせながら先週の日曜日、衆院沖縄3区の補欠選挙が行われました。

玉城デニーさんが県知事選に出馬したために空席となった議席を、国政与党系候補者と県政与党系候補者が争ったものでした。

2012年に「辺野古反対」を掲げて初当選したあと、見事に「辺野古容認」を宗旨替えした国政与党系の尻軽元議員と、地元新聞社を退職したあとフリージャーナリストを名乗ってきた県政与党系の議員未経験新人の一騎打ちは、新人が77156票を獲得して、17000票あまりの差をつけて、元議員を振り切って勝利しました。

 有名だが県民には印象の悪い女性候補、とにかく全く無名の新人候補、どちらが良いかではなく、どちらがイヤかという消極的な選挙になったことは間違いありません。

 事実、投票率は43.99%。31万余りの有権者数のうち投票したのは136000人余りと、わたしが知る限り、沖縄3区では最低の数字をマークしました。

 わたし実はその昔、台所から国政に飛び出した元議員を密かに応援していました。当時は掲げていた公約は「辺野古」以外でも、市民目線だったからです。

 しかし、内閣入閣前後から「辺野古容認」に主張を変えたことで、それ以降は応援どころか機会を見てはこき下ろしたい気持ちに駆られます。笑

 政治家が一番やってはいけないこと。当選後に主義主張を変えること。

 まあ現代の先生方は、あまり気にしないようですけれども。

 話を戻しますと、「なぜかは分からないが、中央で可愛がられる議員」であっても、地元に対して変節というすかしっ屁を食らわせたことを、だいたいの県民は忘れてはいないということなんですね。

 だいたい落選した大臣がなぜ「なんとか大臣補佐官」という役職についたまま活動できたのかということですよね。

 ま、構いませんけれど。

 話はよれよれですけれども、先ほど触れた投票率。

 さすがにここまで「辺野古」を引っ張られると、県民も飽きてきているのではないかと思われます。当然と言えば当然ですね、何度も投票に行って、変わらない現状。国政与党は沖縄のことは見向きもしていないのだろうなと、感じないかと言われたら、そりゃあ感じないわけがないでしょう。

 だって、もう何もかも聞いてくれない感じですからネ。

一方、当選した新人候補に何かを期待するではありません。期待してはいけません。少なくとも、ジャーナリストが良い政治家になった例は、わたしの拙い(ほんとうに拙い)知識のなかには存在しておりませんので。

 ミイラ取りがミイラに。

 何かを貫くというのは、ほんとうに難しいものなのかもしれません。

 でも、投票をやめてはいけません。白票でもいい、投票には行きましょう。無効票の数が話題になる選挙も面白いじゃないですか。

 当選者の得票数より多い無効票。ある意味では最高に笑えますね。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

コンビニエンスストア(24時間年中無休)の悲哀

 世界のみなさま、こんにちは。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 いやはや、ここにきて一気にコンビニ各社の苦境が訪れていますね。人手不足による営業継続の困難さ、「全国同基準」にこだわるが故のFC契約、いわゆるドミナント戦略等に代表される出店競争。

 FCオーナーの叫びが、なんとなく揺蕩っていたコンビニエンス経営への疑問や疑念を一気に弾けさせた感じです。

 ところで、今は昔、懐かしのHOTSPAR以外の大手コンビニチェーンとして、ファミリーマートが乗り込んできたころ。「個人には脱サラして社長に!」「企業には、新たな事業の柱として!」の掛け声があったかどうか分かりませんが、怒涛の勢いで沖縄経済界に広まっていった記憶があります。

 知り合いにそのころのファミリーマートのFC契約に飛びついた人がおりました。その方(Gさん・仮名)は、那覇市内に1店舗目の契約を交わしてオープン、すぐに2店目、3店目までオープンさせました。資金は主に銀行借り入れです。

 Gさんが自分の1号店オープン後まもなく2号店、3号店と踏み切ったのは、FC契約の内容に理由がありました。現在の契約は知りませんので当時としておきますが、当時のFC契約では1店舗目と2店舗目で、利益の配分率が大きく違っていたからです。

 わたしの記憶が確かならば(間違っている可能性大ですが)、1店舗目は利益の35%がFCオーナーの取り分、2店舗目は40%、3店舗目以降は45%……だった記憶が。間違っていたら申し訳ないですが、20年以上前のお話なので、どうぞご容赦ください。

 とりあえず無事に3店舗のオーナーとなったGさん……。

 社長なのに、寝る暇がない!

 24時間営業という勤務形態は、それまで沖縄県内ではおもにホテル業くらいしか存在しませんでした。ですので、まず深夜~早朝の時間帯に勤務してくれる人間が非常に少なく、アルバイトが一人辞めただけで人手不足となり、Gさんは臨時の戦力としてやはり家族を投入していました。

 物珍しさも手伝って売り上げは拡大し、順調に収入は増えるものの、忙しさだけはまったく減っていきません。学生アルバイトが学校を卒業すればアルバイトも卒業し、中途半端な若者は気まぐれに休んだ挙句、責められたら出勤しなくなる。

 慢性的な人手不足は開業から10年間続き、Gさんは契約更新をせずに契約満了で1店舗は閉店、残りの2店舗は、別のFCオーナーがその場所で営業を引き継ぎました。居抜きにしたのか、一度閉店したのかは定かではありませんが。

 特に深夜から早朝の勤務においては、時給を高く設定してもなかなか人が居就きません。雇用情勢の変化(主に悪化)に伴って、いわゆるオジサン・オバサン世代がコンビニで働くようになったり、日本人より上手に日本語を話す外国人がスタッフとなったり、ここ20年来のコンビニ業界の発展は、とにかく「スタッフの確保」が裏テーマとなってきたことは間違いありません。

 さあ、みなさま。

 いま、コンビニエンスストアで働きたいと思いますか。

 働きたいと思う人もいるでしょう。おそらくは働けるなら、どこでも。という人じゃないかと思います。あるいは特定の目的がある人。

 数年前から、コンビニエンス各社の求人募集のTVCMが目に付くようになりました。みなさま憶えていらっしゃるでしょうか、それ以前から、ファーストフード店でも求人募集のCMが増えていたことを。

 ファーストフードやコンビニエンスのアルバイトが、学生の社会勉強を兼ねていた時代は過ぎ去りました。

 今や働くことには、収入や社会勉強以外の要素が強く求められています。

 働き甲斐? それはあります。 休日? もちろんそうですね。

 それらがコンビニ勤務で得られるのか。

 時代はこのあと、「人気のない職種から一気に人手不足倒産」という状況に突き進んでいくでしょう。

 全国に約60,000店舗が存在するコンビニエンスストア。巨大産業、巨大企業となった2019年現在、むしろ一気に人手不足倒産が広がっていくのかもしれません。

 人は城、人は石垣、人は堀。

 有名な言葉に、続きがあるのをご存知ですか。

 仇は敵、情けは人の為ならず。

 人を大事にする企業が、勝ち残るのでしょう。

 喜良原でした。

 ではまた次回。

勝ち馬に乗りたい「目利き」

 世界の皆様、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 昨日でしたか、沖縄タイムスの記事で、4月21日に行われる衆議院補欠選挙(沖縄3区)について、県内某ホテルグループがこれまで応援していたオール沖縄ではなく、国政保守の女性候補者を応援することに決めたと書かれていました。

 オール沖縄から国政保守への鞍替え。

 利益を挙げてなんぼの民間企業がやることですから、それはもちろん自由ですし、政党や政治団体の党利党略に利用されたくないという考えには、大いに賛成です。

しかし某ホテルグループは県内大手であり、これまでの経緯からしても「オール沖縄を応援しない(自主投票)」ならともかく、「グループとして国政保守を応援する」という意思表示は、いかがなものかと。

いえ、はっきり申せば、やっぱり政治とカネかと。

 さらに今朝の記事には、「新基地建設には変わらず反対」だが、それを容認する候補者を応援する矛盾についても書かれていました。

 そりゃそうですよ。

しかもその候補者は国政と反目する議員がどうやって沖縄県に予算を引っ張ってくるのか(琉球新報4月5日付け)と、最近はやりの忖度発言にも似た考えを披露しているわけです。

 そんな候補者を応援するからには、やはり引っ張ってくる(と公言した)であろうカネを期待しているわけですよね。

 正直、「オール沖縄」という括りで、あまりにもイデオロギーめいたことを叫ばれると、うーん何か違うよなぁ。と、わたしでも思います。

 そもそも県民の間でも「オールな部分」と「オールでない部分」が存在しているのは確かですから、何が何でもオール沖縄と言われれば、いや、俺は違うよと言いたくなる気持ちはわたしにもあり、多くの県民が感じていることでもありましょう。

 それが投票率に表れている気もします。

 ただ、「オールの部分=新基地建設反対」であり、また「県民の考えを無視して頭ごなしに物事を進めるのはおかしい」という思いでもあります。

 今回の補欠選挙でも、やはりその部分がポイントになるのでしょう。

 ただ、正直メディアなどでも「オール沖縄」といつまでも使われることには抵抗が大きいですね。「オールの部分」だけを切り出して名称を変えればいい。「頭ごなしはやめてください沖縄会議」とか、そういう感じで。いや、意味の話ですけど。

 ともあれ、選挙は近づき、かつて自分の公約を軽やかに翻した尻軽な候補者を、勝ち馬に乗るつもりなのであろう自分の主義主張を軽やかに翻した企業グループがバックアップするということで、元新聞記者の対立候補にはまた厳しい要素が増えたようです。

 ただでさえ、知名度不足と戦っているところですのに。

 さて、多くの米軍施設を抱える沖縄3区、勝ち馬はどの馬となるのでしょう。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。