元沖縄三越ビル、元HAPINAHA(ハピナハ)、元……。

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 梅雨キター!(んじゃないかなー)という沖縄ですが、与那国島の被害が、少しでも少なくありますように願っています。

 さて、本日のタイトルは「元沖縄三越」という地元には馴染み深い冠に加えて、「元HAPINAHA(ハピナハ)」の肩書までも得た建物が、またも新しい旧名を得てしまったというお話です。

かつて「奇跡の1マイル」と呼ばれ、沖縄の戦後復興の象徴でもあった国際通りのど真ん中、まさしく沖縄のど真ん中に開業していた百貨店「沖縄三越」。

当時、沖縄中の子どもの憧れが、国際通りにあった「沖縄三越」「沖縄山形屋」「リウボウ」の3大百貨店。加えて、沖映通りの「ダイナハ(ダイエー系ショッピングセンター)」。

1960年代以降のいわゆるサザエさん的な古き良き沖縄を代表する施設が、「リウボウ」を除いて、90年代に入って姿を消していく。それでも最後(2014年)まで健闘していたのが「沖縄三越」でした。

 しかし、その沖縄三越が閉鎖したあと、残された建物の苦難の歴史は始まっています。予てから沖縄進出を検討していた芸能会社・吉本興業が、飲食店とお笑い劇場を併設する形(これがHAPINAHA)で運営を開始しましたが、集客できずにわずか2年余りで閉館、そのあとを借り受けた企業(こちらは琉球王国市場)も、つい最近になって倒産が発表されました。

 わたくし喜良原、HAPINAHAの発表時から思っていました。

「ここでは商売はムリ」だと。

県内に輝く百貨店として60年代から存在していた沖縄三越だから、あの建物でも21世紀まで商売ができたのであって、駐車場が不充分で天井が低いうえに建物の平面形状も使いづらいと、商売の悪条件が揃っていたところに何をもってきてもダメなものはダメだと考えていました。たとえ立地が国際通りのど真ん中で、観光客がこれでもかと思えるほどに訪れていても。

ちなみに今朝の沖縄タイムスの記事では「有識者いわく、沖縄らしさを持ってこないとダメ」と掲載されておりましたが、これはターゲットを観光客に設定した上でのご意見ですね。

わたしはターゲットを観光客に設定するかどうかから再検討したほうが良い、と考えております。

 しかし、それ以前に「この建物では商売はムリ」という考えなのです。

 何度も言いますが、この建物には前時代的の悪いところが多すぎて、商業施設としての価値がありません。価値があるのは国際通りという天然ショッピングモールのど真ん中という立地だけです。

 ではなぜ建て替えないのか。それは……当該建物の敷地を所有する地権者たちの存在でしょうかね。彼らの独力では、建て替えを進めるだけの資本が足りないからです。だったら売ってくれればいいのにと思わないでもないですが、現在も建て替えを含めた再開発に向けた調整は続いているようです。

 この話題、書けば書くほど選択肢の枝が増えてきて、まとめづらくなってきました。

 今日はここまでとして、次は「現在の建物で無理して商売するなら」というテーマ、そして「建て替えるなら」というテーマで続けたいと思います。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

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