本土復帰記念日(5月15日)に思うこと

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 先日、5月15日に沖縄は「沖縄県」の状態に戻って47周年を迎えました。

 いわゆる「本土復帰記念日」ですね。

 テレビのローカルニュースで高校生(もしくは中学生?)にインタビューしていました。「5月15日が何の日であるかを知っているか?」と。VTRでは「知らない」という声を中心に紹介されており、歴史が風化していないかと危惧し、若者が復帰記念日を知らないことを嘆くような論調でした。

ところが、です。

第二次世界大戦のあと、敗戦国日本から割譲されて米軍統治下に置かれた沖縄。27年ののち敗戦国日本に返還された日が5月15日であることを、知らない若者が少なくないのは実は昔からのことです。笑

 わたくし喜良原は復帰後の昭和生まれですが、5月15日が復帰記念日であることを知らない人は同級生にも多くいました。だいたいは勉強が苦手な生徒でした。

 いまもきっと、同じようなものだと思います。

 学校の成績が良い生徒は先生の話をよく聞いている場合が多いです。もちろんなかには例外もいるでしょうけれど、総じて先生の話をよく聞いている。

 県内の義務教育現場では「本土復帰記念日(5月15日)」と「慰霊の日(6月23日)」は、ある意味「終戦記念日(8月15日)」より念入りに教えています。話をよく聞く生徒なら、復帰記念日と慰霊の日は知らないはずがありません。

 つまりテレビのVTRは「知らない人ばかりを多く見せた演出」であって、「知っている生徒の比率」が昔と比較して相当に低いということは、考えにくいとわたしは思っています。まあ、特にアンケートをしたわけではありませんが。

 「今どきの若いもんは」と嘆く言葉を、たぶん50年前のじいさんばあさんもグチグチ言っており、30年前も同様で、20年前の若者が現代の若者に対して「今どきの若いもんは」とグチを並べているのだろうと思う今日この頃、今どきの若いもんが次の時代を担っていくことを考えれば、グチを並べるのは大人のやることではないなあと思いませんか。

 このIT時代についていけない(わたしも周回遅れですけれど)父ちゃんたちが、古い時代の成功体験を振りかざしてひたすらマウンティングを繰り広げている気持ち悪さ。

 おいおい、邪魔だから早く道を譲ってくれたまえよ。そうでないと、次の世代が大きく育たなくなっちゃうよ。樹木じゃないんだから、一生成長期なんてことはない。人間として大きくなれるかどうかは、若いうちから責任を持たせられるかにかかっているのだから。

 そんなことに気づく余裕もなく、バブル世代は自分の存在をあらん限り大声で叫んで、必死に社会の椅子にしがみついているのです。

 復帰47周年の沖縄は、実はそんな感じです。

 だれもかれもゆとりがないというか、他人との距離が遠くなりましたね。子どもの貧困(実は親の貧困)が増えているというが、貧困家庭が増えたというより、地域内でお互いの助け合いが減ってきたために、そのしわ寄せが子どもに行っているということです。

 つまり隣のおじさんおばさん、おじいさんおばあさんが、遠くなった。所得より先に、こんなところだけ全国並みになってもね。苦笑

 人口の余っている世代が社会の重荷になりつつある。特に今の60代ですかね。おもに1950年代生まれ。長年の酒食が祟って健康寿命も短くなっていて、社会的にも社会保障制度的にも重荷になってきている。

 というような観点から統計データを精査してみると、沖縄に限らず日本国の未来は厳しいかもしれないなと考えますね。

 保育園の無料化はまあ良しとしても(反対ですけど)、大学の無償化はやめて、二流三流の大学を潰したほうがいい。そちらに回す補助金を社会福祉に充てたほうがいい。

 人口を増やしたいなら、それなりに子育てしやすい社会制度を整えるべきでしょう。それは教育の無償化ではない。子育てを支えられる人と人のつながりです。

子育てがしやすいということは、子どもが生きやすいということ、そしてそれはお年寄りが生きやすいということにもつながります。

 そんな社会が懐かしくすらありますね。いわばサザエさん的な。

 いえほんとに、沖縄を含めた日本が今一度目指すならば、やはりサザエさん的な社会なのではないかと思うことがあります。

 社会は人で成り立っている。人を大事にできない社会が、いったいどこへ進めるというのでしょうか。

 そんなことをつらつら考える、5月15日でした。瞬く間に過ぎていきましたが。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

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