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「慰霊の日」と「空母いぶき」

 世界のみなさま、おはようございます。

 慰霊の日に平和を叫ぶ、沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 昨日6月23日は、沖縄では「慰霊の日」と呼ばれる特別な日でした。

 1945年(昭和45年)6月23日、沖縄戦における旧日本軍が組織的な壊滅に至り、軍としての戦争行動が終結した日とされ(諸説あり)、そこから「慰霊の日」が制定されました。 

現在、沖縄県では「沖縄戦で失われた全ての生命の霊を慰め、恒久平和を祈る日」として条例による(県内のみの)公休日と定めています。

実際には6月23日以降も9月頃まで散発的な戦闘は続いており、実質の沖縄戦は4月から9月初旬までの約5ヶ月余りに渡ったとされています。

 この「慰霊の日」前後には、県内では数多くの平和に関する情報発信が行われます。特に多いのは、戦争の悲惨さを伝える情報ではないかと思っています。

 みなさん、空襲や艦砲射撃などに始まって、戦車や戦闘車両、そして多くの武器と兵士が乗り込んできて、血で血を洗うような地上戦が行われる様子が想像できますか。

 目の前で家族や友人の身体が千切れ飛ぶ場面を、想像できますか。

 わたしたち沖縄県民が小学生のころから学ぶ「平和教育」の大部分は、そのような戦争の悲惨さを知ることであり、だから(地上戦などを招く)戦争は起こしてはならないものであり、世界は平和であってほしいと願うようになる。という図式になっています。

 特に小中学生の時期を沖縄県で過ごせば、特に地上戦の悲惨さを学ぶことになります。これはおそらく、他の都道府県の平和教育とは違った内容だと思われます。なぜなら人間同士が相対して行われる地上戦は、日本ではこの島にしか起こらなかったからです。

 広島・長崎の平和祈念資料館では、原爆を落とされる前後からの経緯が記され、写真や映像と始めとする、それはそれは酷い資料があります。沖縄の平和祈念資料館にも同様に、地上戦を記録した酷い資料があります。これらを観た後で、戦争をしたいと考える人間はおそらくいないのではないかと思えるほど、酷い写真、映像があります。

 自分が(あるいは家族友人が)その戦地に赴くことを考えたら、いや、そんなことはあってはならないと素直に思います。

 一方で、いま話題になっているマンガに「空母いぶき」というタイトルがあります。「沈黙の艦隊」「ZIPANG」で有名なかわぐちかいじさんの作品です。

「沈黙の艦隊」で、核ミサイルを装備した原子力潜水艦の危険性から核兵器による戦力均衡の愚かさを指摘して国会でも取り上げられるほどの話題となり、はたまた「ZIPANG」では第2次大戦に迷い込んだ現役自衛艦(イージス艦)および自衛官が「身を守るための攻撃が許されるかどうか」という自らの存在意義に関わる命題に苦悩する姿を描いた作家で、この2作品のみならず。わたしも作品は読ませて頂いています。

 さて「空母いぶき」。

 ご存知の方も多くいらっしゃるでしょう。

 隣国・中国による日本国への侵攻(南西諸島への侵攻)と、それに対する日本国の対応を描いています。

 これらは2010年(平成22年)に尖閣諸島で発生した自衛艦と中国漁船の接触事件などをモチーフにして「もしも中国が日本から領土を切り取ろうとしたら」という物語が展開され、沖縄県内の先島諸島を中心に航空戦、海洋戦、そして地上戦が始まっています。

 沖縄県の地理的な条件、尖閣諸島で現実に繰り広げられるやり取りもあって、「このマンガは、もしもの話だから」とは、簡単には割り切れないくらいに説得力を持つ作品内容。

 そして現実の日本国の防衛白書に記載された「島嶼部に対する攻撃への対応」。

 沖縄県はまた、戦火に晒されようとしているのでしょうか。

 またもや戦争と舞台となるのでしょうか。

 沖縄戦終結から74年目の「慰霊の日」にそのようなことを考えざるを得ない現状を、こころから憂います。

 誰もが戦争を起こしたいとは思わないはず。と考えるのは愚かなのでしょうか。

 ただ、この場所に生きているから、という理由で戦争の犠牲になることを、誰が受け入れられるのでしょうか。

 「慰霊の日」は晴れの特異日で、沖縄県内ではかなり晴れる確率の高い日なのですが、昨日は30年ぶりの雨模様でした。

 わたしは30年前の「慰霊の日」の雨をよく憶えています。首里近辺では正午前にかなり激しく降った、スコールでした。

 昨日の雨は、スコールと言うほどではなく、しかし一日中降ったり止んだりを繰り返す空模様でした。

 まるで涙雨、などと使い古された表現を置くのは恐縮ですが、大いなる存在が人間世界の愚かさを嘆く、憂いの涙であるかもしれないと思いました。

 すべてを無くすかもしれない。この場所で、この場所に生きるわたしたちだけではなく、あなたの住む場所で、あなたも。

 21世紀の戦争はそういうものだと、想像するくらいは誰にでもできると思うのですけれど。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

医療大国に存在する、受診できない人。

 世界のみなさま、おはようございます。

 重体の警察官の方がどうか回復されるように願っている沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 凶悪犯が増えているのか、それともメディアに乗る件数だけが増えているのか、いずれにしても報道の在り方にはまた考えるべき部分が多いことには変わりないようです。

 さて、昨日の沖縄タイムスくらし面(17頁)に、「経済的な理由から社会保険や国保に加入できず、乳がんを患いながら医療機関を受診せずに亡くなった60代の独身女性」というケースが紹介されていました。

 受診せずにと書いたのは、かなり以前からご自分の乳房の異状に気づいていながら、そして病気が進行しているにも関わらず、病院へ行くこともせず仕事を続け、そのうち外出することすらできなくなってしまったという経緯があるからです。

 でも、実際には受診できなかった、が事実なのだろうと思います。

 涙がこぼれます。

 まず経済的な理由から、社保や国保に加入できない。無保険状態だから、体調に異常を感じても医療機関に足が向かない。結果として、重篤な症状になってしまう。

 このバッドスパイラル。

 医療ツーリズムという言葉すらある医療大国・日本で、受診すらできずに亡くなってしまう生命がある。

 働けるのだが働いていない人。これならまだ理解できる。働いているのに、貧しい人。いわゆるワーキング・プア。

 これって、なぜだろう。

 なぜワーキング・プアという現象が生まれているのだろう。

 安い賃金環境でしか働けない。なぜ。安い労働力を搾取して利益を挙げている企業があるから。いや、その企業自体も薄利なのかもしれない。では、その企業が生んだ商品はどこへ?利益はどこへ?

 よくWin-Winの関係と言うけれど、ワーキング・プアの生まれる環境はどう考えてもWin-Winであるとは想像できない。

 かつてどこかのスポーツ用品メーカーが、発展途上国の未成年者を安い賃金で働かせて利益を挙げていると批判された。同じような構造が、わたしたちの生きる国にも存在していることは間違いないようです。

 安く使われる労働力、安く使いたがる企業。いや、安く仕入れたがる企業。という考え方もあるでしょう。とてもWin-Winとは言えない関係。

 いま、やるべきは1兆円で戦闘機を購入することですか。

 年金不足2000万円と書かれた報告書を無視して抹殺することですか。

 自身の年金の心配すらしたことのない大臣に答えてほしい。

 あなたは何のために、そこに存在しているのか。

 わざわざ中東へ出かけて、出来もしない仲裁に挑戦している大臣に答えてほしい。

 あなたが救うべき存在はまず国内に存在しているのではないか。

 わたしには人を批判する資格はないかもしれない。

 だったら選挙に出ればいいとおっしゃる人もいるかもしれません。

 そう、選挙にも金が必要で、金のない人は立候補すらできないのが実情。

 その場所の何かを変えたいと思ったら、その場所で偉くなれ。と、チョーさんが話していましたっけ。

 偉い人って、どんな人でしたっけ。

 イージスアショアの説明資料を誤って作る人? それとも住民説明会で居眠りする人? それとも国費で訪問した先でグダグダに酔っておっぱいを触りたいと絶叫する人? 

 偉い人って、どんな人でしたっけ。

 誰もが気づいているようで気づいていないこと。

 お金がかかるから、医療機関に行けない。という状況が、あなたにやってこないとは限らないということ。

 この国のバッドスパイラルが止まるか止まらないか、良い方向へ回りだせるか否か。国民は政治を見つめなおしたほうがいいと思います。

 それと、もう少しずつ、優しくなれたらいいなと切に願います。

 世界一危険と言われる基地の島に住む、ひとりの日本国民として。

 あるいはひとりの人間として。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

2000万円不足の報告書を受け取らない。

 世界のみなさま、おはようございます。

 いやはや、乗るべきか見送るべきか迷った末に乗ってみる、沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 何のことかって?

 もちろん「人生に2000万円不足」のニュースです。

 日本国における「年金制度の危機」はかなり以前から指摘されています。

 戦後にスタートして、お年寄り人口が少なかった頃は、爆発的に増えた戦後生まれの世代を中心に「人口は増えていくもの」という認識のもと、順風満帆で完全な制度だと思えた年金制度。

 しかし段々と出生数が減っていき、人口増加が鈍化してからは、年金制度のシステムそのものが危うくなることを見越した指摘はありました。

 若い世代が年金を収めて、年配の世代に年金を給付する。お年寄り1人当たりの年金を支える若い世代が減っている現代ですから、財源が足りないとなれば、若い世代が納める年金額を増やすか、お年寄りが受け取る年金額を減らすか、どちらかですよね。

 21世紀に入って始められた「年金を市場運用して増やす」。これが成功しているのか失敗しているのか、国の発表では60兆円以上のプラス益だそうですが、それならば2000万円の貯金が必要という理由は何なのか、というところですよね。

 わたしも読みました。「金融審査会 市場ワーキング・グループ報告書」を。

 ぜひ、みなさんも読んでいただきたい。

 これを読んでみると、「報告書の受け取りを拒否する」と発言した大臣(ひいては内閣)が、いかに愚かしい行動に出ているかと思わざるを得ません。

 若い世代の人口増加が減っており、第1次ベビーブーマーを中心にお年寄り世代は増えているので、人口ピラミッドはもはやピラミッド型ではないということ。

 賃金が伸び悩んでいること。それに比較して物価は上がり続けていること。年金の給付額と物価の関係上、お年寄り世帯の家計は毎月約5万円の赤字になるであろうということ、だから長生きするためには2000万円ほど貯金しておいてね。というのが主旨で、目を通したかぎりでは報告書の内容は少なくともデタラメではない。

 しかも、資産形成への早期着手や高齢者の資産保護、成年後見人制度の活用などにも触れていて、報告書はきちんと責任を果たしているようにわたしには見受けられます。

 これを「受け取らない」とした大臣(そして内閣)の不見識や如何に。

 という話ですよね。

 受け取らないから政府公式の見解ではない。だから問題は存在しない。これってすでに論理ですらない、ただの屁理屈じゃないですか。

 あほですか、大臣(そして内閣)は。

 そこにあるものを存在しないと言う。黒を白と言う。いやはや、新しいジャパニーズ・マフィアですか、お大臣(そして内閣)様は。

 「この厳しい報告書を政策に活かして、皆様の未来を守るために政府は〇〇〇をします」と発言するのが当たり前じゃないですか。

 戦闘機のための1兆円を半分削って年金に回しますとか、国会議員の議員報酬を減額しますとか、選挙費用を削減するため衆議院の解散を可能な限り減らしますとか、国家公務員の給与を減らしますとか、まずそういうことですよね。

 「報告書は受け取りません」

 あなた方は、子どもですか。

 ああ。

 やっぱり熱くなると思いました。

 とりあえず貯金は増やしたいと思う、喜良原でした。

 ではまた次回。

沖縄で大麻。しかも高校生。

 世界のみなさま、おはようございます。

 サッカー日本代表のコパ・アメリカが地上波で見られないのを悲しむ沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 ま、例のドズン(ちげーよ)だか何だかに加入すれば良いのですけれども。サッカー中継が無料で見られない世の中なんですね、しくしく。

 さて、沖縄で大麻。しかも高校生の間で流通という話題に、県内では激震が走っているように報じられています。 

 走っているように報じられているというのは、決して誇張ではありません。なぜなら、激震が走っているのは、教育関係者や親御さんを中心とした人たちだから、です。

 この話は書くべきかどうか迷うのですが、もちろん戦後すぐから県内でも大麻の入手ルートは存在していたと思います。なぜならわたしの若かりし頃には、ルートが存在していたと思われるからです。

沖縄本島中部のディスコ(20世紀ですね・笑)の店内に「売る人」がいて、服の内ポケットから、すっとビニル袋に入った細長いブツを取り出して、「ディスワン、テンダラー」で売りさばいている、という話。

 当時の沖縄本島中部といえば、外人さん(主に米軍属)との接点でした。良い意味の言葉ではありませんが、俗に「アメ女(じょ)」と言われる外人さんのガールフレンドになった日本人女性や、逆に外人の女性をナンパしたい日本人男性や、日本人女性をナンパしたい男性(人種問わず・笑)が溢れているような地域でした。わたしもそのなかの一人であったことは否定しません。笑

 先ほど書いた「ディスワン、テンダラー」は、実は1000円札1枚か2枚でもOKで、売っている人も外人さんとは限らないようで、明らかに日本人っぽい人もいたようですよ。

 しかし、それも自己責任の範疇で、興味のある人間はそこへ行く、興味のない人間はその辺りを避けて通ると自己判断し、わたし自身もそこへ赴くことはありませんでしたが、若かりし頃の思い出として県内の多くの方々の胸の内に秘められているのではないかと推察いたします。

 そんな沖縄で、今回の大麻事件。

 問題は、「十代の間で、SNSを使って、広まっている」というところで激震が走っているようですが、教育関係者の(あるいは衝撃を受けている親御さんの)認識の甘さを指摘せずにはいられませんね。

 現代の教育関係者(あるいは衝撃を受けている親御さん)に足りないところは、「自分たちの若かりし頃に、悪いことをした経験がない(あるいは少ない)」ということでしょうかね。

 統計を取ったわけではありませんが、教育関係者のほとんどは、昔から成績優秀なガリ勉タイプが多いのではありませんか。校則違反をするなどトンデモナイというタイプが多いのではありませんか。

 だからなんとなく、悪いことをする生徒の考えを図ることができない。だから、禁止することしか思いつかない。携帯電話の携帯禁止とか、髪染め禁止とか、そういうことです。昔より生徒の気持ちをつかむ先生が減っているのではありませんか。

 しかし、問題は年齢でもSNSでもなく、大麻です。こればかりは携帯電話を禁じてもSNSを禁じてもダメなのです。若いうちは善悪の判断より興味の有無が優先されてしまう。

 昔から、携帯電話があろうがSNSがなかろうが、大麻の流通は水面下にあったのですよ。ただ、学生時代にマジメだった先生方にはその情報が届いていなかっただけで。

 スマートフォンが悪い、SNSが悪い、そういう問題ではありません。興味の有無が優先される若い世代に「ドラッグだけはマジで手を出すんじゃねえ」と熱く厚く伝え直すことが重要なのです。

 ドラッグに手を出す人間は、人間のクズではありません。ドラッグが人間をクズにするのです。だから、「ドラッグにだけはマジで手を出すんじゃねえ」の教育を強化するべきです。

 さらには、友達がドラッグに手を出したらどうするか。

 通報するのは友達に申し訳ない。(と、十代は考えるかもしれない)

 ドラッグを辞めるように説得する。(と、十代は考えるかもしれない)

 いやいや、こう伝えましょう。「友達がドラッグに手を出したら、すぐにそいつと縁を切れ。二度とコンタクトするな」と。手を染めた者の更生を考えるより先に、まだ染まっていない人間を守ることを優先しましょう。

 できれば、先生に教えてほしい。警察に通報してほしい。でも、まずはその友達と縁を切ること。それを優先してほしい。

 沖縄で大麻。外人さんのルートがいまも存在するのかは分かりませんが、反社会的な集団というか、いつぞや新聞紙上で話題になった「沖縄に進出した半グレ集団」が元になっていたりするのでしょうか。

 若い世代に、伝えたい。

 少なくともわたしは伝えることにします。

 「友達がドラッグに手を出したら、すぐにそいつと縁を切れ。二度とコンタクトするな」

 まずはまだ染まっていない範囲を守ること、すべてはそれからです。

 自分の若かりし頃を思い出して、ちょっとドキドキの沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

プリウス・ミサイルの解釈

 世界のみなさま、おはようございます。

 梅雨の中休みなのか、「沖縄晴れ」の晴天を満喫している沖縄らぶびたんDays、喜良原です。

 最近、プリウス・ミサイルという話題が(おもにネットの世界で)取りざたされているようです。

 確かに暴走事故を起こしたクルマのうち何割かが(かなり高い確率で)プリウスであるというのは事実かもしれませんし(統計を取っていませんが)、小さな事故や、事故まがいの運転に出くわすとプリウスだった、という印象はわたしも持っています。

 「プリウスを見たら気をつけろ!」というのは、「沖縄でYナンバーとは事故を起こすな!」というのと同じくらい、確実な警句だと個人的には考えています。

 しかしそれは、クルマとしてのプリウスが悪いわけではありません。いや、運転しづらいとかメカニック的な問題の有無は、ユーザーではないわたしには測りかねる部分もありますから、そこは触れませんけれど、プリウスが他のクルマと比較して、事故の原因となる大きな欠陥を持っているとか考えにくいところです。

 では、プリウスの何が危険なのか。「警句の対象」となる理由は何か。

 簡単です。「運転者の乗ったプリウスが危険」なのです。

 プリウスは、マーケティング的に最も成功した部類のクルマです。何かの商品を開発する際には、商品のコンセプトやメインの購入者層を想定するものですが、

「このくらいの収入があって、このくらいの社会的なポジションで、こういう考えを持つ人たちが乗るであろう」

という事前のマーケティングと、開発した車が見事に合致して、プリウスはマーケティング的に最も成功した部類のひとつとなっているのです。

そのメインの購入者層が、プリウスをミサイルに変えている。そう考えるのは難しくありません。いえ、実際にプリウスをミサイルに変えているのは、その購入者層=運転者なのですから。

「地球にやさしいエコロジカルなクルマ、ハイブリッドで燃費も良いクルマ、近未来のクルマ、乗っているだけで地球にも社会にも財布にも優しい、近未来的で知的で賢いクルマ」

というイメージのあるプリウスを購入するメインの購入者層が、どういう人か。

あなたの周囲にいる「プリウス乗り」に、共通する要素はありませんか。

ありますよね。あるんです、これが。

「ある程度、社会的地位のある人、あった人。高学歴、ある程度収入がある人、教養のある人、教養があると自分で思っている人、少し他人より自分が上にいると思っている人、他人の立場に立て考えられない人、他人に噛みついたりする人、職業的には公務員、教員、銀行員、医者などなど、さらにはプリウスを購入することが自分のステータスの一部であると考えている人」

という感じです。ざっと言えば。

さらにはこういう人は「運転が荒い、割り込みはするが、割り込まれるのはイヤだから譲らない、黄色信号でアクセルを踏む、ウインカーを入れない」などなど、およそ近くにいてほしくない運転をする傾向があります。

運転中にプリウスを見かけたら、わたしは確実に距離を置きます。

 プリウスが悪いのではありません。運転している人たちの「運転の仕方が悪い」という話なのですよ。

 プリウスはマーケティング的に最も成功した部類のクルマです。ただ(性能や技術的な話は置いておいて)その購入者=運転者が、運転の下手な、あるいは運転マナー的に最低な人たちが多い、残念なクルマである。

これがプリウス・ミサイルの真実なのです。

 車が悪いわけじゃない。運転者が悪い。そういう話です。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。