プリウス・ミサイルの解釈

 世界のみなさま、おはようございます。

 梅雨の中休みなのか、「沖縄晴れ」の晴天を満喫している沖縄らぶびたんDays、喜良原です。

 最近、プリウス・ミサイルという話題が(おもにネットの世界で)取りざたされているようです。

 確かに暴走事故を起こしたクルマのうち何割かが(かなり高い確率で)プリウスであるというのは事実かもしれませんし(統計を取っていませんが)、小さな事故や、事故まがいの運転に出くわすとプリウスだった、という印象はわたしも持っています。

 「プリウスを見たら気をつけろ!」というのは、「沖縄でYナンバーとは事故を起こすな!」というのと同じくらい、確実な警句だと個人的には考えています。

 しかしそれは、クルマとしてのプリウスが悪いわけではありません。いや、運転しづらいとかメカニック的な問題の有無は、ユーザーではないわたしには測りかねる部分もありますから、そこは触れませんけれど、プリウスが他のクルマと比較して、事故の原因となる大きな欠陥を持っているとか考えにくいところです。

 では、プリウスの何が危険なのか。「警句の対象」となる理由は何か。

 簡単です。「運転者の乗ったプリウスが危険」なのです。

 プリウスは、マーケティング的に最も成功した部類のクルマです。何かの商品を開発する際には、商品のコンセプトやメインの購入者層を想定するものですが、

「このくらいの収入があって、このくらいの社会的なポジションで、こういう考えを持つ人たちが乗るであろう」

という事前のマーケティングと、開発した車が見事に合致して、プリウスはマーケティング的に最も成功した部類のひとつとなっているのです。

そのメインの購入者層が、プリウスをミサイルに変えている。そう考えるのは難しくありません。いえ、実際にプリウスをミサイルに変えているのは、その購入者層=運転者なのですから。

「地球にやさしいエコロジカルなクルマ、ハイブリッドで燃費も良いクルマ、近未来のクルマ、乗っているだけで地球にも社会にも財布にも優しい、近未来的で知的で賢いクルマ」

というイメージのあるプリウスを購入するメインの購入者層が、どういう人か。

あなたの周囲にいる「プリウス乗り」に、共通する要素はありませんか。

ありますよね。あるんです、これが。

「ある程度、社会的地位のある人、あった人。高学歴、ある程度収入がある人、教養のある人、教養があると自分で思っている人、少し他人より自分が上にいると思っている人、他人の立場に立て考えられない人、他人に噛みついたりする人、職業的には公務員、教員、銀行員、医者などなど、さらにはプリウスを購入することが自分のステータスの一部であると考えている人」

という感じです。ざっと言えば。

さらにはこういう人は「運転が荒い、割り込みはするが、割り込まれるのはイヤだから譲らない、黄色信号でアクセルを踏む、ウインカーを入れない」などなど、およそ近くにいてほしくない運転をする傾向があります。

運転中にプリウスを見かけたら、わたしは確実に距離を置きます。

 プリウスが悪いのではありません。運転している人たちの「運転の仕方が悪い」という話なのですよ。

 プリウスはマーケティング的に最も成功した部類のクルマです。ただ(性能や技術的な話は置いておいて)その購入者=運転者が、運転の下手な、あるいは運転マナー的に最低な人たちが多い、残念なクルマである。

これがプリウス・ミサイルの真実なのです。

 車が悪いわけじゃない。運転者が悪い。そういう話です。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

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