世界のみなさま、おはようございます。

 いやはや、芸能プロダクションの圧力とやら、今さら「初めて知りました」的なマスメディアのkamatotoぶりに、苦笑いやら呆れるやら、まあまあ忙しい沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 だって、あんたらも芸能プロの大小で取り扱いを決めてきたやないですか。今さらそんなん知りませんでしたとキョトン顔で話されてもね。笑

 三文芝居にしか見えませんでしょ。

 さて、去った参院選。

 沖縄では大方の見立て通りに、県政与党の憲法学者、高良鉄美氏が当選しました。

これしかし、分かっているのでしょうかね、ご本人は。

「県政与党が信任されたのであって、高良氏本人が選ばれたのではない」

という事実。

高良氏は言う。

「辺野古新基地は違憲」

「自衛隊は違憲だが、自衛隊法に基づき合法」

「国会に帽子はかぶっていく」

これが当選後の高良氏の主張です。笑

あえて帽子(笑)から行きますが、わたし、前回「人にお願いするときは帽子をとって頭を下げるべき」と書きましたが、実は高良氏については例の帽子を取る取らないで揉めた議会傍聴の経緯があったので、出馬を依頼されたときに「わたしは人前で帽子を取りませんけど、それを容れるならば出馬を受け入れましょう」と答えていたら、素直に高良氏を応援したでしょうね。

 でも、そうはしなかった(初期のころの朝立ちは着帽のままだったが、すぐに帽子を取って挨拶するようになった)。人格的な部分では、それが全てかと。悪い人ではなく、むしろ善人の類。ただ、見栄っ張りな部分があるし、自分勝手なところもある。

 郷に入っては郷に従え。ルールが守られるから社会が保たれる。

 ひどく人権を侵すルールならばともかく、人権を盾に帽子を取らないと言い張る人、なのですな。

「自衛隊は違憲だが、自衛隊法に基づき合法」

という発言。ご自分では絶妙な回答と思われているかもしれませんが、憲法学者の視点から考えればマイナス100点くらいじゃないですか。

 自衛隊の存在が違憲ならば、それの後ろ盾となる自衛隊法も違憲であると規定するのが憲法学者でありましょう。すべての法律は憲法に基づいて制定されるべき、と考えるのが憲法学者でありましょう。上手の手から水。そんな感じですね。

 ちなみに自衛隊については、一部の国民をのぞけば、悪い感情は持たれていないのではありませんか。

 わたし自身、自分が入隊することはあり得ませんが、彼らに悪い感情は持っていません。国として自衛力は必要だと考えているからです。

 警察力と自衛力。これは国の維持には必要です。

 問題は、自衛力が海外に出る(戦争に出かける)ための「戦力」となるかどうか。

 つまり、政治の使い方ひとつなのですな。

 自衛隊の存在は、自衛力として重要。でも戦力となってはいけない。憲法に明記する必要はない。自衛隊法の存在を責める必要もない。それで良いのではありませんか。

「辺野古新基地は違憲」

何をして、違憲。というより、それが違憲ならば国内全ての基地は違憲です。米軍基地も自衛隊基地も。ちなみにわたしは、「違憲かどうかだけを判断する」ならば、すべての基地は違憲だと考えています。

 しかし、ここでもうひとつ「違憲であることが国民にとって益か否か」という判断基準を提供します。

 米軍基地は、旧日本帝国軍に代わるようにして、米国の都合(アジア戦略)で設置された

施設です。自衛隊基地は、日本国内で燻る自国戦力保持の考えと、大きな戦力を遠いアジアで維持することに疲弊し始めた米国の考えとの狭間から生まれた施設です。

 これらはいずれも憲法9条からはかけ離れた場所に存在しています。しかし、まあ、ある一定の範囲で国民の益となっている側面は否めないでしょう。

この部分を「違憲」とだけ述べてしまうのは、まあ、さすが学者さん。指摘するだけだったら、喜良原レベルもできますが、指摘して終わるのもやっぱり学者さんなんですよ。

 学者は考えるのが仕事。何かを変えるのは政治家。実施するのは行政。裁くのは司法。そういう役割分担があるじゃないですか。

 高良氏に「県政与党側の参院議席」以上の価値はありません。くれぐれも脱帽すべき場所では脱帽して頂きたい。くらいですかね、要望も。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

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