月別アーカイブ: 2019年11月

首里城寄付金とパフォーマー

 世界のみなさま、おはようございます。

 どこかの有名LGBTカップルの動向が世間を賑わせていることに、結構な違和感を抱いている沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 いやもーK間さん、あなた選挙のために利用されたんですよ。あなたの前の方は有名歌劇団のご出身でしたから、知名度を上げるのに貢献してくれたでしょう。そういう感じですよね。

それよりもK間さん、大丈夫ですか。

突然のカミングアウトからお別れまでプライベートな話題を提供してきて、これまでに築いてきたご自分の立場やイメージなど粉々にしてしまいましたけど。

お付き合い期間中は幸せだったから良いでしょうが、これからはあなた、イロモノ扱いですよ。もうバラエティしか生きる道がないのでは。

 これって、一般のLGBTの方には大迷惑な話ですよね。ほんとに。まあ、わたしはLGBTではないのですが、見ているだけで一般の方々の怒りが聞こえるようです。

 あ。本題に行く前に終わりそうになってしまいました。

 今日のテーマは「首里城再建の寄付金」ですが、先日の首里城火災が起こったあと、いの一番に行動した企業はなんと「1,000万円を寄付」した県内建設会社でした。即断即決、ぽんと1,000万円。いやはや。

 そのあと那覇市の寄付金受付窓口が開設され、沖縄県が続きました。そうです。いち早く寄付金の受付先が設定されたのです。

 にも関わらず、まるで雨後の竹の子のように、新聞には「首里城再建のため、○○新聞社に寄付を託す△△株式会社」という記事が乱れ飛んでいます。

 わたし、思います。

 パフォーマンスが多すぎて、ウザ。

 寄付ならば那覇市か沖縄県の受付窓口に寄付すればいいのです。それをわざわざ新聞社に持って行って写真付きで記事になる。そんな記事が多すぎて、ウザウザです。

 そういえば、どこかの航空会社は「沖縄向けサービスの売り上げのなかから1億円(くらいになるだろう金額を)寄付する」なんていう自社のセールスプロモーションまで記事になっていました。気持ち悪いですね。

そのあとには別の航空会社が1,000万円寄付していましたので、どちらがいいのかなーと考えました。

 企業のみなさま、もうそろそろ新聞社に行くのはやめて、那覇市か沖縄県の受付窓口にぽんと現金を置いてきたらいかがでしょうか。

 そして、その行為を自社のWEBサイトで発表すればいいじゃないですか。金額も含めて。

ああ、そういえば。

 寄付金の受付窓口となっている地銀各行ですが、窓口なら手数料無料、ATMその他なら有料だそうですが、こんなときにあくまでも儲けるのは銀行ですよね。一切無料ならかっこいいのに。

「寄付金に限って、手数料無料」。それを実施する銀行があれば、わたしはメインバンクに指定しますけど。メインバンクというほどお金はありませんけれども。笑

新聞各社さま。「これからの寄付行為は、写真も個別記事もなしで金額と企業名だけまとめて掲載いたします」と発表すれば、受付対応は必ず激減します。こんな企業パフォーマンスにつきあって無駄な紙面を提供しなくても済みますよ。ぜひお試しあれ。

パフォーマンスもやり方を間違えると、いやな気持ちで受け取られるだけです。お互いに注意していきたいものですね。芸能人も企業も。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

嗚呼、諸行無常なバス事情

 世界のみなさま、おはようございます。

 ワールドカップラグビーの熱狂のあと、ワールドボクシングスーパーシリーズで腕が上がらないほどパンチを繰り出して、今度はサッカー日本代表戦、そして大混戦のJリーグにもわくわくしている、沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 スポーツって、観るのもやるのも最高ですね。

 さてさて久しぶりに時事ネタですが、今朝の沖縄タイムス1面で「県内バス会社、実車の走行距離が13%減」という見出しがありました。

 詳しい内容はサイトに譲ります(戻ってきてくださいネ)が、2013年度から2018年度の6年間で走行距離が13%減っている、つまりそれだけバスの本数と営業区間が少なくなりましたよ、ということです。

 その原因は運転手が減っていることで、運転手が減っている理由は低賃金だからと述べており、さらにはバス会社各社の財務状況は厳しく、賃金を上げるのは厳しいため、悪循環になってしまっている。とのことでした。

 なんというか、時代の変化に乗り遅れた会社の悲しい現実です。

 戦後貧しかった沖縄県ですが、鉄軌道を失ったこともあり、バス・タクシーの公共交通がまず発達しました。その後沖縄観光が注目されるにつれ、観光バスと路線バス、二本柱がドカンと太くなり、バス・タクシーともに隆盛を極めました。

 その頃はバス・タクシーといえば、まるで悪いサービスの見本でしたよ。声を荒げた対応などは日常茶飯事、お釣りを準備していないお年寄りは迷惑そうに扱われる、タクシーはタクシーでワンメーターだと乗車拒否、乗る前に行き先はどこかと聞かれる始末で。近くて申し訳ないけど、と前置きするのが礼儀かと思っていたくらいです。

 それが、時代が経つに連れて各家庭にも自家用車が増えてきて、あれ?公共交通って、要らなくね?サービス悪いし、よくストライキするし(私鉄沖縄の名前も懐かしい)、運転荒いし。などと言われるようになって、業績が伸び悩んだと思ったらマイナスに傾きはじめて、気がつけば経営不振で営業譲渡となり、今がある。

 国際通りを中心としたドル箱路線(これも懐かしい)では各社乗り入れを譲らず、赤字路線では補助金を引っ張り出すことに腐心した挙げ句、減便や撤退を繰り返すという経営者の無能ぶり。

 事業というのは上手く行っているときに柱を増やすのが鉄則と言われておりますが、どうも沖縄の経営者はその辺りが上手くない。復帰後40数年間、税金の減免や助成金、補助金、公共事業に頼ってきたためなのか、どこにお金の匂いがするのかを嗅ぎつける鋭い嗅覚は持っていますが、企業を大きくする経営手腕は持っていませんね。

 何度も言いますが、県民所得(という名前の企業収入)の伸び、平成の30年間で約1.13倍、県内の雇用者報酬(役員・職員・非正規含む個人の収入)の伸び、わたしの計算ではマイナス12%、沖縄県の公表数値で比較してもプラス2.9%。沖縄県の最低賃金の伸び、約1.56倍。あれ? 計算が合いませんね。

 バスの運転手になり手がいない。という叫びは悲痛に聞こえますし、実際に悲痛なのですが、モノレールの開業が決定した時点から見通されていた状況を、ただ手をこまぬいて眺めていた結果が今であると思うと・・・・・・悲痛ですけど、助けたくならないですね。

 社員のいない会社は、会社として存続すらできない。

 そうやって倒産していく企業が、県内ではこれからも増えていくでしょう。独禁法の問題はあるにせよ、県内の路線バス事業は合併すべきではありませんか。

 スキルの無い経営者が何人もいるより、1人のほうがまだましです。経営基盤は太くなるでしょうから、体力があるうちに次の対策を打てるでしょう。

 いくら沖縄といえ、人口が自然増から自然減に転じるのは時間の問題です。沖縄だけがお目こぼしで県外資本から買われない時代は終わったのです。

 県内企業にできることは、まず人を増やすこと。求人票を何枚発行しても効果が無いなら、効果を出すためにどうするか。

 え? 助成金? 今さら? そこの経営者の方、相変わらずの思考回路ですね。

 いずれ潰れる会社に助成金を注ぎ込むのはもったいないですよ。

 早く儲かる道を確立させることです。Jリーグ四半世紀の興隆を観てこなかったのですか?

 ああ、自分自身にも突き刺さる回でした。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

首里城焼失をもっと哀しみたい

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原です。

 去った10月31日未明、かつて琉球王国の王城であり、沖縄戦の司令基地となり、最高学府のキャンパスとなり、沖縄観光の目玉となった首里城の正殿(ほか中心部分)が火災により燃え落ちました。

 今日(11月3日)現在、原因はまだ調査中です。

 わたし喜良原も長いこと首里に住んできた住人として、思うところはあります。

「建物が燃えただけ。世界遺産は燃えていない。不幸中の幸いか、周囲への飛び火などの被害もなく、死傷者もない」

これだけでも幸甚と言えるでしょう。あの火災を見ていたら、ほんとうにそう思えます。

 多くの方が映像や画像でご覧になったと思います。わたしも当日の生中継をテレビで見たときは「悪趣味な映画か何か」かと一瞬思いました。

 全国から様々な声が寄せられました。

 ほんとうにいろいろな声が。

 県内からもいろいろな声が上がっています。その多くは「悲しい」「喪失感」というものです。

 はい、わたしも、もっと首里城の焼失を哀しみたい。まだ哀しんでいたい。そう思います。痛切に。

 一刻も早い再建を。再興、再建、巷に溢れる言葉は力強く、また有り難いものです。

 だからこそ言い出しづらい思いがあります。

 この喪失感、今あるものが失われた哀しみ。

 炎上の翌日には再建・再興の言葉が舞い踊り始めたこの世界で、失った哀しみを抱いている人の気持ちは癒やされぬままになっている。そんな気がします。

 インタビューを受けたどなたかがおっしゃっていました。

 「身近な人を失ったような気持ち」

 再建・再興とは、誰のためのものでしょう。

 わたしはもっと哀しみたい。復建されてから四半世紀以上そこにあった首里城正殿が焼失した哀しみを、もっと哀しんでいたい。

 わたしが生きている間に、また首里城が再建される可能性は充分にあるのでしょう。この喪失感もいずれは薄れていくのでしょう。

 でも、急ぐように焦るように、胸の隙間を何か別物で埋める必要は感じません。

 今を大事に。

 悠久を感じさせるものでさえ、失われることがある。

 だから、今を大事に。

 わたしたちにできる最初のひとつは、今を大事にすること。

 燃え落ちた首里城正殿ほかの建物群。

 わたしにとっては、それが最初の首里城であり、ただひとつの存在であり、また共に年月を生きた存在でありました。

 今しばらく、この哀しみを感じていたいと思います。

 2019年11月3日、本来であれば首里文化祭(現・首里城祭)の開かれるはずの日に。

 今日は、ようやく思いが溢れだしたような涙雨です。炎上から数日を経て、ようやく泣けるようになったのかもしれません。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。