首里城焼失をもっと哀しみたい

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原です。

 去った10月31日未明、かつて琉球王国の王城であり、沖縄戦の司令基地となり、最高学府のキャンパスとなり、沖縄観光の目玉となった首里城の正殿(ほか中心部分)が火災により燃え落ちました。

 今日(11月3日)現在、原因はまだ調査中です。

 わたし喜良原も長いこと首里に住んできた住人として、思うところはあります。

「建物が燃えただけ。世界遺産は燃えていない。不幸中の幸いか、周囲への飛び火などの被害もなく、死傷者もない」

これだけでも幸甚と言えるでしょう。あの火災を見ていたら、ほんとうにそう思えます。

 多くの方が映像や画像でご覧になったと思います。わたしも当日の生中継をテレビで見たときは「悪趣味な映画か何か」かと一瞬思いました。

 全国から様々な声が寄せられました。

 ほんとうにいろいろな声が。

 県内からもいろいろな声が上がっています。その多くは「悲しい」「喪失感」というものです。

 はい、わたしも、もっと首里城の焼失を哀しみたい。まだ哀しんでいたい。そう思います。痛切に。

 一刻も早い再建を。再興、再建、巷に溢れる言葉は力強く、また有り難いものです。

 だからこそ言い出しづらい思いがあります。

 この喪失感、今あるものが失われた哀しみ。

 炎上の翌日には再建・再興の言葉が舞い踊り始めたこの世界で、失った哀しみを抱いている人の気持ちは癒やされぬままになっている。そんな気がします。

 インタビューを受けたどなたかがおっしゃっていました。

 「身近な人を失ったような気持ち」

 再建・再興とは、誰のためのものでしょう。

 わたしはもっと哀しみたい。復建されてから四半世紀以上そこにあった首里城正殿が焼失した哀しみを、もっと哀しんでいたい。

 わたしが生きている間に、また首里城が再建される可能性は充分にあるのでしょう。この喪失感もいずれは薄れていくのでしょう。

 でも、急ぐように焦るように、胸の隙間を何か別物で埋める必要は感じません。

 今を大事に。

 悠久を感じさせるものでさえ、失われることがある。

 だから、今を大事に。

 わたしたちにできる最初のひとつは、今を大事にすること。

 燃え落ちた首里城正殿ほかの建物群。

 わたしにとっては、それが最初の首里城であり、ただひとつの存在であり、また共に年月を生きた存在でありました。

 今しばらく、この哀しみを感じていたいと思います。

 2019年11月3日、本来であれば首里文化祭(現・首里城祭)の開かれるはずの日に。

 今日は、ようやく思いが溢れだしたような涙雨です。炎上から数日を経て、ようやく泣けるようになったのかもしれません。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

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