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戦後75年目の慰霊の日

 世界のみなさま、おはようございます。

 異例な慰霊の日。沖縄らぶびたんDaysの喜良原です。

 なにが異例なのかと申しますと、沖縄では「慰霊の日」はいわゆる「晴れの特異日」となっていて、日本で一番強い陽射し(緯度的に)が燦燦と降り注ぎ、そのなかで「沖縄全戦没者追悼式典」が開かれるのが毎年の光景です。

 時期的にも「慰霊の日」前後が梅雨明けとなっていて、ここから3週間くらいの期間が、みなさまが思い浮かべる「沖縄らしい」美しさのピークと言えます。空気が澄んでいて、太陽が殴りつけるように照らしつけて、海はどこまでも碧く、空は果て無く蒼い沖縄です。

 それが本日は、朝から激しい土砂降り。いまも雨こそあがったものの、雲が厚く空を覆っています。忘れていたのですが、記事を見直すと昨年の今日も雨だったと書いていますので、もしかしたら天候そのものが変わり始めているのかもしれません。

仮に、「毎年、この時期にはこんな天気、こんな風物詩」という流れがいつの間にか変わっていくものだとして、終戦直後から平和の尊さを身を以て学び、常に追い求めてきたはずの日本という国も、いつの間にか武装を考えるようになり、昨今にはイージスアショアを見送る代替案として「(発射前)敵基地を攻撃する能力を開発する」などという恐ろしい「殴られる直前に殴りつけろ」的な発想もあると報道されているのを見ると、戦後75年なのか(第3次大戦の)戦争前夜なのか分からなくなってきます。

民族というものがあり、国境というものがあるから争いが生まれる。と言われて久しいですね。まさしく人間の歴史は有史以来、争いの繰り返しですから。

わたしとて、別に殴られる前に殴ろうとは思いませんが、殴られたら殴り返すでしょうから、あまり偉そうなことは言えません。悲しいかな、敵意を向けられたら敵意で反応してしまうのが生存本能なのかもしれません。

右の頬を打たれたら、その流れで右フックを相手の左頬に打ち込みなさいと。あるいは右の頬にパンチが飛んで来たら、ダッキングから身体を振って左ボディだよと。そういう反応をしてしまう悲しさがあります。

 人間らしさ。

 人間には言葉があります。相手のことを理解できる知性もあります。ただ、それもやはり教育次第だという大きな側面があります。

 戦争を避けるため、お互いに話し合い、理解し合い、譲り合う。人間にはそれができるはずです。と、信じたい今日この頃。

 その一方で、可能な限り争いごとは避けたいが、もし火の粉が降ってくるなら、振り払うのは当然だと考える自分もいる。

 揺れながら、揺れながら、国民世論がゆっくりと戦争容認に傾いていくことだけは、絶対に避けたい……のではありませんか?

 戦場ではどの時代にあっても、まず遠距離からの攻撃で相手に打撃を与え、次の接近戦で勝敗を決するというセオリーに変わりはありません。

 昔は弓矢や投石器が遠距離からの武器で、銃が生まれれば銃が、砲が開発されれば砲が、海上では艦砲、飛行機が開発されれば空爆が、そして現代では核ミサイルを始めとする超長距離から短距離ミサイルまで揃っています。

まずわたしたちのような一般人は開戦が宣言された5分後にはミサイル着弾で死んでいることでしょう。沖縄のように基地のある場所、そして首都圏や人口の多い地域は、特に狙われることでしょう。

 おそらく戦争の相手となる国も同様に、開戦数分で、夥しい数の国民が死んでしまうことでしょう。

 それでも戦争が良いのでしょうか。と、誰しも理屈は分かっているのですよね。

 平和を願う人にできること。平和を願っていると叫ぶ。平和でありましょうと叫ぶ。お互いに理解し合いましょうと叫ぶ。叫ぶことしかできなくても、声を挙げましょう。

 そして来年には戦後76年目をみんなで迎えましょう。

 そして再来年には戦後77年目をみんなで迎えましょう。

 そして2045年には戦後100年目をみんなで迎えましょう。

 喜良原でした。

 ではまた次回。

沖縄県議選46.96%

 世界のみなさま、おはようございます。

 何というか、メーデーもGWも入梅も、本土復帰記念日も飛び越して、5月1日からいきなり6月8日の記事になるという沖縄らぶびたんDays喜良原(きらはら)です。

 この間に突っ込み入れたいネタはいくつもありましたが、連休明けからなぜか忙しくなり、書かなきゃと思っているうちにタイミングを逃してしまっての今日です。

「ああ~、アーニャ、ははのそんざいこいしぃ~」ばりのくねくねポーズで、なんとなくごめんなさい。笑

 さて、昨日6月7日に沖縄県議選が投開票されました。

 結論から言いますと、投票率は過去最低の46.96%。定数48議席に対して、与党(非自民)が25議席、野党は自民17議席+その他6議席で合計23議席。与党は改選前から1議席減、自民が4議席増、その他1議席減でした。

 この選挙、新聞を始めとする県内メディアでは「現在の玉城県政が、県民からどのような評価を受けるか」と位置付けておりましたが、わたしのようなパンピーから言えば「コロナ禍もあってか争点を出し切れないメディアの的外れ選挙」でした。

 県内メディアは選挙と言えばすぐに「辺野古」と結び付けたがりますが、辺野古と同じくらい(人によっては辺野古よりも)大事なものが自分たちの暮らしではないかと。

 コロナ禍があるがために「コロナ対策」という公約項目がありはしたものの、これは県議レベルでどうにかなるものではないし、そんなことは県民も分かっているというのに、県内メディアはそこを立候補者に質問する。立候補者も聞きかじりレベルで当たり障りのない対策を打ち出すしかない。

 これでは投票率のカギを握る無党派層(浮動票)にはウケませんね。無党派層(民草)はほんとうに風になびくものですから、前述の「的外れ選挙」を言い換えるなら「風を作り損ねた選挙」と言えるでしょう。

 わたし自身、世界情勢に詳しいわけではありませんのであまり偉そうに言えませんが、こと日本国内においては議会制民主主義が何となく限界にきているような気がします。

 国会では与党1強と烏合の衆、与党のなかでも1強と不愉快な仲間たちで議会が議会として機能できていません。

 国民の利益って、なぁに?

 ということを考えるとですね、某広告代理店の巨人が怪しげな社団法人を作って20億円中抜きして受注して、さらに100億円余を抜いて子会社に発注してという「法律で禁止されているはずの下請け丸投げ業務」などを許している現状が……ですね。

 これはもう、首相を直接国民投票で選ぶ形にしてはいかがでしょう。

立候補者100名まで可能。政党に属していなくてもいい。学歴不問で年齢28歳以上かつ社会人経験10年以上。カネをかけた選挙広報は・・・国政は1億円までとしましょう(これまでの手法なら全然足りませんよね)。だから、総務省管轄のWEBサイトと公式の選挙公報(各家庭配布)で選挙を行う。必要なら地域ごとの予備選を行ってもいい。

 権力を握ったものだけが多数決の暴力で国政を動かしていくのは、限界がきたのだと思えます。

 国会議員も都道府県議会議員も市町村議会議員も、日本国憲法や諸法規に定められた役割を果たしていますか?

 市民の代表だと言っておりますが、そして本当に一所懸命な議員さんもいらっしゃるのですが、だいたいの方々は、投開票の翌日(たとえば今朝)になると、前日までの立ちんぼ姿はどこへ行った。お礼もなしかい。という感じですよね。

 これなど、どうせ議員立法をするわけでもないですから、もう行政を見張るオンブズマン制度を充実させる方向にお任せして、議会は無くしてしまってもいいのではないかと思います。あるいは、議員の数の半分くらいを公選のオンブズマンにして、行政を見張ってもらうと。あ、そのほうがいいのではありませんか。3か月に1回、問題点をひとつも発見できない、課題解決提案をひとつもできない人は罷免すると。

 そのくらいやらないと、この国の政治は国民から信用されないのではないですか。選挙結果で自分の暮らしが変わるなら、それはみんな投票に行くはずなんですよ。

 あ。

 なんとなく方向性が見えたかも。

 ではまた次回(いきなり?!)

 県議選投票率が46.96%と情けない数字に終わったことを悲しんでいる、喜良原でした。