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きらはら について

喜良原まなつ。 沖縄県生まれ。沖縄県育ち。 生きている間に南極と月に行きたい夢見る人間。

1坪450万円超! 地価公示。

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 去った19日に、2019年1月1日現在の地価公示が発表されました。全国的に三大都市圏以外の地方都市でも上昇傾向が見られるなか、沖縄は6年連続の地価上昇、全国ナンバーワンの9.3%という上昇率でした。

 これを県内報道では、県内各シンクタンクの見解として「経済が好調」という見出しをつけて報じています。

 ちなみに県内シンクタンクとは、沖縄に3つある地銀系のシンクタンクのことです。そうです、沖縄には地銀が3つもあるのです。

 そのうちR銀行系は「雇用改善が地価上昇を支えている」との見解。O銀行系は「観光産業の好調と、インフラ整備が進んでいるため」とし、「地価や家賃の上昇は今後も続く」としています。さらにK銀行系は「経済が好調なため」とだけ触れ、「地価だけではなく、住宅の販売価格なども上昇していく」と見ています。

 みなさん、それでもシンクタンクなのでしょうか。あまりにも適当に言っていませんか。それを載せる新聞も新聞ですが。

 誰もが知っている通り、「価格」は需要と供給のバランスで決まっていくことがほとんどです。いつの間にか「再生エネ賦課金」なるものが含まれていてフザけんなよと思わせる電気料金などいくつかの事例を除けば、「価格」は需要と供給のバランスで決まるのです。

 特に不動産などはそうです。相場が流動的なのです。

 欲しい人(需要)の数に対して、出回る商品の数(供給)が少なければ、価格は上がる。逆に欲しい人の数を商品の数が上回れば(供給過多)、価格は下がる。

 県内不動産の価格が上昇していくということは、明らかに不動産を欲しがっている人が多い、需要が供給を上回っているわけです。

 では、何が需要を下支えしているのか。

 なーにが「県内の経済が好調」ですか。適当こいて草。

そんなわけありません。県内企業の業績も社員の給与待遇も、1年で9.3%も上昇しているとでも言うのでしょうか。県内企業の業績も社員の給与待遇も、そんなに向上していませんよ。

だから、県内経済が好調という見立てはハズレです。

次に「観光産業が好調」なら不動産の価格が上がるのですか。インフラが整えば、確かに地価も上がるでしょうが、それだって需要ありきなのです。

では、ポイントはなんでしょう。

そうです。「需要の正体」は何か、ということなのですね。

 誰が沖縄の不動産価格を上昇させている原因なのか。あるいは何が。少なくとも「県内の景気が好調」でないことだけは確かですが。

 いろいろ複合的な理由はあると思いますが、需要の正体で、一番は「県外(および国外)からの不動産購入希望者が多いから」です。

 ひと昔前、沖縄の人口増加の要因は「多産」でした。現在も「出生率」は全国ナンバーワンですが、人口増加の主な理由には「移住者の増加」が挙げられるようになっています。特に東日本大震災のあとからは、その傾向が顕著になっています。

 しかし、県内不動産の需要は増えた移住者ではなく「県外からの投資目的」と「海外からの実住または別荘として」というものなのです。

そうですね、件数の割合としては40%ほどにはなるかと思います。つまり地元需要は60%、残り40%は県外(国外)需要だということです。

これらを何故、地銀系のシンクタンクも報道各社も捉えていないのか。もちろん、不動産の購入に対して、県内地銀からの融資を受けるケースが少ないから。に、決まっています。

自分たち(県内地銀)の融資取り扱い件数が増えていないから、県外(国外)需要が見えてこない。簡単な理由ですね。

 いま、沖縄県内の不動産は、まさにバブルです。全県的にバブル的な値上がりを見せています。売り手市場です。

 県内で一番高い地価公示は「1坪450万円超!」です。これは地価公示ですから、実勢の取引価格は過去のバブル期の絶頂を楽々超えていることでしょう。

 そしてすでに、地元市民の多くが購入できるレベルを超えていきつつあります。住宅地の地価公示で最高値は1坪100万円超です。県民所得では年収全額を投入しても2坪あまりしか購入できません。でも、まだまだ上昇傾向なのですから。

 一般ピーポーには、経済の実態に取り残されそうな地銀に預けたわずかばかりの預金を不動産に投入するには、すでに時遅しの感があります。

 さあ、沖縄は県民の住める土地であり続けるでしょうか。

 この話題は続きます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

ワンセグで受信料。苦笑

 世界のみなさま、おはようございます。

 いろいろと気忙しく、最近はさぼり気味になりつつある、沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

いえ、決してサボリーマンではないのですが。

 さて、先ごろ某放送協会のワンセグ受信料をめぐる裁判で、「某放送協会のテレビ電波が受信できる携帯機器(スマートフォン含む携帯電話やタブレット、パソコンやポータブルテレビ等)の保有者は、たとえ捨て置き型のテレビを持っていなくても、受信契約を結び、受信料を支払わねばならない」という判決が下されました。

 一部では驚きと捉える方もいらっしゃるようですが、そしてその驚きは当然と言えば当然なのかもしれませんが、また一方で法律(放送法)的な観点から申せば、適法かつ妥当な判決でもあるわけです。

 しかしまたここで、通常の電波を受け取るポータブルテレビは当然契約対象としても、たとえばそれでポータブルテレビの売れ行きが急下降するのは間違いないとしても、ワンセグの受信可能だという理由で、据え置き型テレビを持たないすべての携帯電話保有者が契約すべきなのかという話になるわけです。

 結論から言えば、「スマフォ含めた携帯電話からワンセグのアプリを削除できる」という状況であれば問題ないとわたしは考えています。

 そして、ワンセグのアプリは削除できますね。タブレットもパソコンも同様にテレビ系のアプリを削除してしまえばいい。

 さらには、それらの機器でテレビを見たい人は受信契約を結べばいいのです。というより、アプリの導入が受信契約となれば良いのでは?

 今後はおそらく「据え置き型テレビを持っていない人で、スマフォや携帯電話やタブレットでテレビ系のアプリを入れる人は、携帯電話会社が受信料を代行徴収する」とか、そういう流れになるのでしょう。

 そうして「どうやってテレビを持っているかいないかを確認(証明)するのか」などという話題になるでしょう。

 みなさん、お手持ちの機器から、テレビ系のアプリを削除しましょう。それでいいじゃないですか。どうしても見たい番組があれば、それは据え置き型のテレビで見ましょう。

 あ。なんとなく新しい商売が生まれそうな匂いがしますね。

 必要は発明の母。笑

 どうかブラックな商売ではありませんように。

 ところで、某放送協会の社員は、えらい高給取りだそうです。いつからそんなことが許されているのか知りませんが、ワンセグから受信料を取るより前にやることがありますよね。せめて世の中と同じレベルまで給与を落としてくれよとか、非人情なことも考えたりします。

 とは言え、そのチャンネルで提供されている番組は、民間放送より面白かったりするのは事実と言えば事実。

見比べればはっきりと理解できますが、民間放送の番組とはそもそも情報の量と密度が違います。民間放送が30分かけて放送する内容は、某放送協会の番組なら10分で放送、下手したら5分くらいで放送するときもあるかもしれません。

この情報量や密度の違いは、「かけられる時間やスタッフの人数の違い」であるかもしれません。時間、スタッフの両方とも相応の費用を必要とするものです。

受信料から幾らの費用が番組制作費として使用されているのか、手元には資料はありませんが、民間とは桁が違うのかもしれません。

 まあ、民間放送に対する意見もいろいろありますが、それは今日は封印しておきます。

インターネットの普及で、テレビそのもののメディアパワーが落ちていることは否めず、度重なる不祥事で向かい風の状況下でのワンセグ受信料の合法判決。

 わたしは「据え置きテレビがあるが、それがなくてもアプリは削除する派(テレビは見ない派)」ですが、「ワンセグ以外にテレビ受信機はないうえに、テレビも見たい派」の人は怒り心頭でしょう。

 でも、受信機がある以上は、、、ですから、近い将来、スマフォの契約時に「自宅にテレビはありますか?」などと質問されるようになるかもしれませんが、それまでにはどうするかを決めておいたほうが良さそうです。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

26歳で脳梗塞、労災に認定。

 世界のみなさま、こんにちは。

 Brexitの行く末が気になって仕方ない沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 いやはや「EU離脱はお勧めしない」という立場ながら、国民投票でEU離脱が決まったために、仕方なく離脱のための道筋となる法律案を作成・提案したのに議会で否決され、作り直しては否決され、とうとう「離脱延期」が可決されるに至ったエゲレスの女性首相に、心から同情しますね。

 エゲレス議会の内情やシステムは知りませんが、議員のみなさまも、少しは自分のアタマで考えろや、と言いたくなります。ましてや国民投票を再度行うか?という推測が流れるに至っては、国民もどうなのよ、と感じますね。

 「離脱延期はイギリスの都合だが、延期を受け入れるかどうか、判断するのはEU各国のほうである」とするEU首脳の発言は至極真っ当なものです。エゲレスのみなさま、議員も国民も、もう少しオトナになれませんかね。

 わたしたちジャポンも、他国のことをとやかくは言えませんけれども。

 さてさて、前置きが長くなってしまいましたが、今日は「26歳で脳梗塞、労災に認定される」というニュースについて。

 県内の携帯電話販売ショップで「店長」を務めていた当時26歳の女性が脳梗塞を発症したのは、月100時間を超える残業、12日連続勤務などの激務などが原因であるとして、労災を申請し、これが認定されました。

 ショップは3人体制で運営されていたため、スタッフの休みも充分に取れず、残業は増えていくばかりで、気が付けば自宅で身体の右半身がマヒしていた。という内容です。

 ハッキリ言います。

この女性の労働環境は、沖縄の地元企業では割と見かける状況です。

「名ばかり管理職」に労働と責任ばかりを押し付け、長時間労働も残業代はゼロかスズメの涙ほど。このレベルの企業は県内に腐るほどあります。

名ばかり管理職は「プレーイングマネジャー」。

人手不足には「少数精鋭」。

聞こえの良い表現を使って、自己を正当化する企業経営者たちですが、自分たちの無能を差し置いて、社員に求めるばかりの企業が発展するでしょうか。

 だから地元企業は中小ばかりなのです。

 偉そうな顔をしていますが、所詮は井の中の蛙です。全国へ、あるいは世界へ羽ばたいていくこともできずに、安い賃金で現在を守っているだけ。現状維持を続けていても、いずれは潰れていくだけなのでは?と思わざるを得ません。

 「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵なり」

 有名な武田信玄公の言葉とされています。この意味を理解できる人が、経営者のなかにはどれくらいいるのでしょうか。

 企業もまた人です。人を大事にできない企業が、どれだけ発展できるというのでしょう。しかも、小さい企業であるほど、ひとりの人間の影響力は大きいのです。

 1万人のなかの1人が倒れるのと、10人のなかのひとりが倒れるのと、生命の重さは同じですが、企業のなかの重さは違ってくる。

 企業は人。だから人を大事にすべきで、企業が大きくなるということは、人が増えていくということなのです。

 よく「〇年後には、売上〇〇億円を達成したい」と述べておりますが、その中身はどのようなものでしょうか。社員は何人の増員が必要ですか? 社員の給与待遇は向上していますか? 

 「スピードを上げて、無駄をなくせば、業績は向上する」などと公言する社長様。役員をひとり減らせば、社員を二人雇えますが、いかがでしょうか。

 この人手不足の時代、もっと緻密な状況分析と戦略を構築しなければ、企業は成長できないと思いませんか。

 人手不足だからこそ、まずは人。

 経営者の思いが企業の表情に表れるものです。経営者が人を大事にしなければ、社員も人を大事にしません。

冒頭の女性は幸いにして労災認定されましたが、26歳の若さで脳梗塞を発症するような労働環境であったことこそが問題であること、本来ならば倒れないほうが良かったという認識が重要です。この女性は後遺症が残ったまま、長い人生を生きていくのです。

企業の経営者はその責任を取るべきです。

 実に情けない、沖縄県内の企業経営者の、大きな問題でもあります。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

eスポーツとゲーム依存症(報道の在り方)

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 東日本大震災から11日で8年。決して癒えぬ思いがあることを、噛みしめています。日本各地で起こった災害。それぞれに深い悲しみを抱えて、誰もが生きている。忘れずにいたいことのひとつです。

 さて、昨今のニュースで気になるものがひとつ。

 「eスポーツ」についての報道の在り方です。

 わたしも「ファミコン世代」のひとりで、昔からゲーマーかつ今でもゲーマーなので、あまりコンピュータゲームの悪口を言いたくはありません。しかし「ゲームの悪い側面」に関しては、医学的な証明の話はさておいても、明らかにそれが原因とみられる依存症などの障害が発生しているのは事実です。

 これを受けて、特に「ゲーム脳」の単語が生まれてからは、ゲームに対して批判的な立場の人が一層声高に批判を展開するようになり、マスメディアもそれに同調して「社会悪」とまでは言わないけれども、ゲームの危険性を指摘する意見を述べていた……はずでした。

 もちろんゲーム脳は科学的な証明のない概念ですから、置いておきますが。

昨今、「コンピュータゲームの賞金大会」「プロゲーマー」なる存在が大きく取り上げられて、「eスポーツ」という言葉が社会のなかで独り歩きし始めました。

 日本国の(あるいは日本人の)悪癖だと思うのですが、耳障りの少ない言葉がひとつ生まれると、それで安心して悪い側面を見ないようにしてしまうことがあります。

 フリーターは無職、ニートは引きこもり、非正規職員をパートナー社員と言ってみたところで非正規は非正規(パートやアルバイト)で待遇も非正規のまま、古いところでは家事手伝いも無職じゃないですか。目先を逸らすような言葉ひとつで飾り立てれば、問題の本質を見ないで済むのでしょうか。

 沖縄でも「eスポーツの大会」が企画されているとのニュースがありました。それこそ「この新たなコンテンツで、沖縄観光の強化を」みたいなニュアンスが含まれていました。

 ここで質問です。

 我が子が「将来はプロゲーマーになりたい」と言い出したら、あなたはどう思われますか。

 20世紀の昔、「アイドルになりたい」と思っても、誰もがアイドルになれるわけではありませんでした。厳しいオーディションがあって、それをネタにしたテレビ番組があって、数千人のなかから数人選ばれて、それでも芸能界で成功するとは限らなかった。

 これが正しい在り方とは全く思いませんが、アイドルになれなかった人たちは、普通の社会人としての道を歩むことができました。

 翻って現代。

「一応は誰でもアイドルになれることはなれる」時代になりましたが、「テレビカメラのアップが来る本当のスター」は相変わらず遠い存在であり、そこまで昇るのは大変なことには変わりはなく、「一応アイドル」が必死にステップアップを目指している。

 ほんの一握りの「有名ユーチューバー」を目指して、「一応ユーチューバー」が必死に頑張っている。

 誰でもなれるが、「本物」に至るまでの道は険しい。

 ほんの一握りの「プロゲーマー」を目指して、必死にゲームを頑張る……ことは悪くはないと思うのですが、ゲームにはやはり問題があると思うのです。わたし自身がゲーマーでありながら、感じていることです。

 ことゲームに関してだけ言える、問題点。

 それはゲーム依存症の問題であり、また体を動かさないことによる健康問題、生産性がないことも挙げられます。

 ゲーム依存症は、世界保健機構(WHO)において新たに疾病のひとつとして指定されているのです。

 マスメディアも国も地方自治体も、eスポーツが世界で流行しているから、プロフェッショナルの大会があり高額賞金もかけられているから、それがまるで「とてつもなく素晴らしい、新たな産業コンテンツだ」とでも思っているのかもしれませんが、それは誤りです。

 eスポーツは、名称が違うだけでただのコンピュータゲームです。

手先以外には身体を使うことなく、ただひたすら目と脳を酷使するだけの不健康な趣味(ホビー)なのです。精神的なリフレッシュ以外の分かりやすい効果効用はありません。

さらにはほかの多くの趣味と同様に、何の生産性もありません。ゲームが上手くて、何かが生まれるのですか。

 ただのコンピュータゲームをeスポーツなどと持て囃す現在の状況は、大変危険だと思います。

 プロゲーマーを目指して、ゲームに没頭していく我が子がいたら、わたしは依存症になる前にゲームを取り上げるでしょう。不健康になる前に、ゲームを取り上げるでしょう。

 「ほどほどにすれば大丈夫」と言う人がいます。

 わたしも同意します。ほどほどにできる環境が、そこにあるなら。

 重度のゲーム依存症の患者を実際に見たことがあるでしょうか。治療中の薬物依存症の患者と同じように対処していくしかないのです。

 将来の夢がプロゲーマーって、いいね♡ なんて、わたしには言えません。

 どうぞメディアの方々。eスポーツの話題を報じるなら、同じくらい掘り下げた内容でゲーム依存症や悪い点も報じてください。

 ゲームは人生の楽しみのひとつだと思います。でも、やり過ぎれば麻薬と似たような存在にもなるのだということを、どうか報じてください。

 沖縄らぶびたんDays、ゲーマーの喜良原でした。

 ではまた次回。

沖縄は762円! 最低賃金の全国一律化

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 先週、「最低賃金、全国一律化へ(外国人受け入れの業種に限る)」という画期的なニュースが流れました。

ニュースが流れた直後に、厚生労働省から「あくまでも国政与党会合のなかの発言のひとつであって、厚労省課長個人の私案であり、厚労省としての見解ではなく、まして政府の考えでもない」との見解が発表されました。

 厚労省のあまりの動きの速さに、なんじゃこりゃと感じましたが、予想されるハレーションを全力で回避しようとの考えでしょう。

 沖縄県の最低賃金は時給762円。東京都では985円。(いずれも2018年10月現在)

 県民所得、沖縄県は210.17万円。東京都は443.45万円。(いずれも2016年現在)。

 この差を「最低賃金全国一律化」の名のもとに埋めていこうという考えですね。実に素晴らしいじゃないですか。

 お役人のなかにもこういう人はたくさんいらっしゃるのでしょう。ただ、それを実現しようとすると、企業側の反発が「パネエほど」生まれるでしょうね。

 東京というより、地方の企業から。あるいは地方に拠点を持つサービス業の企業からは。人件費の高騰に直結する話ですから。

 日本全国、人手不足。常に人手不足。

 沖縄でも同様に人手不足。でも、雇用条件(給与)を上げて対応しようという動きを見せる企業は、少なくとも県内では多くありません。最低賃金のアップに合わせているだけの企業がほとんどです。

 それも仕方ありません。今までは低賃金前提で会社を組み立てていたし、社会もそのように回っていましたから。

 しかし、これからは非常に厳しくなるでしょう。なぜならば、人手不足だから。会社を維持していければいいと考えている会社ほど、危険なのです。なぜならば、人手不足だから。

 若い人材は「売り手市場」で、就職先を選び放題です。まあ人気のある企業は相変わらず狭き門だとしても、給与を含めた待遇面でも、仕事のやりがいでも、自分の能力でも、自分の好きな基準で企業を選んで、就職活動を行うことができます。

 そのとき、「自分の企業が選ばれるか」ということを、県内企業のお偉方が考えているかいないか。すでに考えている人たちは、行動に移しています。しかし、考えていない人たちがほとんどなのです。

 相変わらず「人件費は経費」という考えに縛られているからです。

 会社にとって「人件費は当たり前の投資」であると叫ばれて久しいのですが、だいたいの県内企業においては、相変わらず「人件費は経費」であるからして、現場は人手不足だと叫んでいてもどこ吹く風。辞めた人員を補充することなく、ひとりの人間にいくつものタスクを課して、どうにか切り抜けようとしている。

 そんな会社の役員、会社のためにアンタが辞めろ。

 と、思いませんか。

 なぜ「人件費は投資」なのか。投資には当たり外れが付き物です。社員を採用する。人件費を投入する。その社員が会社の成長に役立つかどうかの結果を見るには、ある程度の年月が必要です。もちろん外れる場合もある。なるべく当たりの確率を上げるために、社員教育制度を整えて、個人の成長を促す。これが投資でなくて何だというのでしょう。

 県内企業には「成長の意志」が無いのかもしれません。

 沖縄県という狭いエリアでマーケットが完成してしまい、今のオペレーションが続けられれば、働く人間は誰でもいい。そう考えたら「人件費は経費」でしかなく、経費は必要最低限にするのも当然ですから、人件費は抑え気味にならざるを得ない。

 そんな会社が発展するでしょうか。

 わたしはいっそのこと「最低賃金の全国一律化」が進められ、対応できない県内企業は倒産してしまえばいいと考えています。そうすれば、空いたマーケットにはより大きな資本が進出してくるでしょう。進出企業は、わざわざ社員を派遣するよりは現地の人間を一定数採用するでしょう。全国基準の給与待遇で、採用するでしょう。

 これは沖縄県民にとって、不幸でしょうか?

 全国基準の給与待遇が、地域の人間にとって、不幸でしょうか?

 バブル世代のおじ様方がしたり顔で吹聴する「ダーウィンの進化論=賢いものや強いものが生き残るのではない。変化に対応できるものが生き残るのだ」という考えにも、わたしは大賛成です。

 給与待遇を上げられない(変化に対応できない)企業は、なるべく早く倒産してしまえばいい。

 おお。久しぶりにボンジョビを聴いていたら、いつになく攻撃的な文脈を綴ってしまいました。笑

 「最低賃金の全国一律化」は、人手不足に悩む日本全国の地方を救う妙手になるかもしれません。わたしは真剣に法制化を願います。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。