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特に、沖縄の教育について

離職率は全国の1.3倍(新卒3年)

 世界のみなさま、あけましておめでとうござます。

 昨年末はとうとう息切れしてしまった沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 いやもー動悸息切れ半端なしですよ。ここ数ヶ月のバタバタぶりはまだ続きそうですが、どうにかこうにか書けるところは温かいうちに書いておきましょうか。

 というわけで本題なのですが、「沖縄県内の新卒者(高卒・大卒)の3年以内の離職率は全国の1.3倍」ということです。詳しい数字は琉球新報1月6日付け2面からご覧ください。

 その記事に書かれていた退職の理由。「仕事が自分に合わない」「人間関係が良くなかった」「休日・休暇の条件が良くなかった」とのことです。

 まあ、若い人に限らず、大人も含めた多くの人がやめる理由がそれじゃないかと思います。自分の条件に合うか合わないか、ですからね。この給与に見合う(あるいは我慢できる)だけの仕事内容・業務量か、人間関係か、休日休暇か。

 まあ、普通です。特に目新しくもない退職理由です。これはオオゲサに捉えなくてもいい。

 というわけで、その記事に書かれている「沖縄労働局の部長コメント」に噛みつくわけですが、某部長は「仕事内容や社風をしっかり理解しないまま入社したと考えられる」と分析なされた上で、「(中略)得意としない業務や部署に配属されたときのことも想定すべきだ」と提言。

さらには「(中略)離職後の次の就職条件が悪くなる可能性もある」と述べて、企業側には「(人材定着のために)仕事内容や求める人材、労働条件など情報を開示してミスマッチをなくす、従業員のニーズに応じた働き方改革を進めることが重要」と説き、「人を育てるのは会社の責務だ。どのように一人前に育てるかという構想がないと従業員は不安だ。教育訓練などにお金を使ってほしい。それだけ力を入れて育てることは相手に伝わり、離職防止につながる」と強調されております。

 あれ。記事の無断転載に近い状態になってしまった。もう一度記事にリンクしておきますから、詳しくはそちらをお読みください。

 この方の仰りようはあまりに一面的すぎて、あるいはいかにも現代風すぎて、笑ってしまいました。

 まず仕事内容や社風は、長く務めないと分からないことです。会社訪問をしようがインターンで経験しようが、3年務めるより理解できるなんてことはありません。

 だから、どこかの会社に勤めるというのは「人生における大きな賭け」なのです。

 これは高校生・大学生で将来就職を考えている方に大きな声で言っておきたいのですが、最悪の事態を想定してから、入社してください。企業はどれも自社の良いところしか言いません。見せません。ですから、「この会社に入ったとき、自分にとって最悪の状態は何であるか。自分はその状況に耐えられるのか否か」を考えてくださいということです。

 いまはブラック企業なんて言葉もありますが、実際に大事なことは、給与に見合う(この給与で我慢できる)だけのメリットがあるか。ということでしょう。

 入社する会社が好きな分野なら、好きな分野だからと頑張れる。好きな分野でなくとも、給与に見合う仕事(内容・量・待遇・環境)なら頑張れる。

 仕事に就くというのは、そういう二択の世界なのです。頑張れなくなったらやめる。それだけのことです。

 問題は、「どこまで頑張れるか」なんですよ。あなたは、どこまで頑張れますか?

 などと言いつつ、今度は記事に戻って「日本では勤続年数の長い人が優遇される」とありますが、昔から「特別なスキルのある人」は中途入社でも評価される風潮はありましたし、今は完全にそんな時代ですから、ねえ。

 だから、「特別なスキルを持て」ということですよね。昔はそれが「資格」でしたね。今もそうかもしれません。いろいろなスキル(あるいは資格)で、世の中に役立てられそうなものを習得しておく。

 そういう教育を、誰かがやっていますか?

 夢を見せるだけではダメです。現実的に「将来の進みたい道に備えて、特別なスキルを持て」という教育です。「今は特に進みたい道がなくても、将来のためにいくつかスキルを持っておきなさい」という教育です。

 こういうことは、家庭でもできることなのですが、みなさん、いかがでしょうか。

 家庭でこういう話をしていますか?

 長くなりそうなので、最後にもう1点。

 某部長の「どのように一人前に育てるかという構想がないと・・・・・・」の件ですが、こういう考え方をする大人が多い上に、不安がる学生もたくさん存在するという事実が最大の問題点だと、誰か気づいていますかね。

 わたしたちが若い頃は「仕事のできないヤツには人権がない」という時代で、さらにひどいことには「仕事は教わるもんじゃない、できるヤツのやり方をまねろ」という先輩がざらにいましたから。

 わたしは自分自身の痛い経験から「教えていないことに責任を持てとは言わない」と若い人間には話しています。が、しかし「新人の自分には人材育成プログラムを受ける権利がある」と考えている若い人間たちのアホさ加減には閉口しています。

 そういう若い人間を輩出している現在の教育にも。

 あまりにも権利意識ばかりが強すぎて、ですよ。

 あまりにも義務感がなさ過ぎて、ですよ。

 給与を定期的なお小遣いレベルと捉えているんじゃないかと思われるような輩について、ですよ。閉口しています。

 まず会社とは何なのか。社会とは何なのか。自立とは何なのか。その辺りをきっちり教える教育が必要だとわたしは考えています。

 その教育は子どもだけではなく、親も受けるべきです。

 子ども可愛さに「つらかったら、すぐに辞めていいからね。会社はいくらでもある」なんて言っていませんか。

 そんな状況に子どもを「追い込んで」いませんか。

 それより前に、「何かスキルを身につけろ」と教えたほうが良いのではありませんか。

 役立つ人材は、仕事に困ることはない。

 ならば、役立つ人材になるためには。

 そういうことを指摘する人がいて、そういうことを教える教育があればいいのでは。

 競争激化の時代から、競争は良くない、順番をつけるのはやめようとなり、個人の尊重が重要な課題となり、主役の桃太郎が5人もいる時代が到来したかと思えば、今度は離職率ですか。

 個人の尊重は重要であり、権利でもあります。しかし、それと同じくらい義務も重要じゃないかと思うのはわたしだけでしょうか。

 やばい、新年から止まらない感じになってきたので、今日はここまで。

 どなたさまにもご健勝で、またよろしき1年でありますように。

 今年もまたお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

沖縄で大麻。しかも高校生。

 世界のみなさま、おはようございます。

 サッカー日本代表のコパ・アメリカが地上波で見られないのを悲しむ沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 ま、例のドズン(ちげーよ)だか何だかに加入すれば良いのですけれども。サッカー中継が無料で見られない世の中なんですね、しくしく。

 さて、沖縄で大麻。しかも高校生の間で流通という話題に、県内では激震が走っているように報じられています。 

 走っているように報じられているというのは、決して誇張ではありません。なぜなら、激震が走っているのは、教育関係者や親御さんを中心とした人たちだから、です。

 この話は書くべきかどうか迷うのですが、もちろん戦後すぐから県内でも大麻の入手ルートは存在していたと思います。なぜならわたしの若かりし頃には、ルートが存在していたと思われるからです。

沖縄本島中部のディスコ(20世紀ですね・笑)の店内に「売る人」がいて、服の内ポケットから、すっとビニル袋に入った細長いブツを取り出して、「ディスワン、テンダラー」で売りさばいている、という話。

 当時の沖縄本島中部といえば、外人さん(主に米軍属)との接点でした。良い意味の言葉ではありませんが、俗に「アメ女(じょ)」と言われる外人さんのガールフレンドになった日本人女性や、逆に外人の女性をナンパしたい日本人男性や、日本人女性をナンパしたい男性(人種問わず・笑)が溢れているような地域でした。わたしもそのなかの一人であったことは否定しません。笑

 先ほど書いた「ディスワン、テンダラー」は、実は1000円札1枚か2枚でもOKで、売っている人も外人さんとは限らないようで、明らかに日本人っぽい人もいたようですよ。

 しかし、それも自己責任の範疇で、興味のある人間はそこへ行く、興味のない人間はその辺りを避けて通ると自己判断し、わたし自身もそこへ赴くことはありませんでしたが、若かりし頃の思い出として県内の多くの方々の胸の内に秘められているのではないかと推察いたします。

 そんな沖縄で、今回の大麻事件。

 問題は、「十代の間で、SNSを使って、広まっている」というところで激震が走っているようですが、教育関係者の(あるいは衝撃を受けている親御さんの)認識の甘さを指摘せずにはいられませんね。

 現代の教育関係者(あるいは衝撃を受けている親御さん)に足りないところは、「自分たちの若かりし頃に、悪いことをした経験がない(あるいは少ない)」ということでしょうかね。

 統計を取ったわけではありませんが、教育関係者のほとんどは、昔から成績優秀なガリ勉タイプが多いのではありませんか。校則違反をするなどトンデモナイというタイプが多いのではありませんか。

 だからなんとなく、悪いことをする生徒の考えを図ることができない。だから、禁止することしか思いつかない。携帯電話の携帯禁止とか、髪染め禁止とか、そういうことです。昔より生徒の気持ちをつかむ先生が減っているのではありませんか。

 しかし、問題は年齢でもSNSでもなく、大麻です。こればかりは携帯電話を禁じてもSNSを禁じてもダメなのです。若いうちは善悪の判断より興味の有無が優先されてしまう。

 昔から、携帯電話があろうがSNSがなかろうが、大麻の流通は水面下にあったのですよ。ただ、学生時代にマジメだった先生方にはその情報が届いていなかっただけで。

 スマートフォンが悪い、SNSが悪い、そういう問題ではありません。興味の有無が優先される若い世代に「ドラッグだけはマジで手を出すんじゃねえ」と熱く厚く伝え直すことが重要なのです。

 ドラッグに手を出す人間は、人間のクズではありません。ドラッグが人間をクズにするのです。だから、「ドラッグにだけはマジで手を出すんじゃねえ」の教育を強化するべきです。

 さらには、友達がドラッグに手を出したらどうするか。

 通報するのは友達に申し訳ない。(と、十代は考えるかもしれない)

 ドラッグを辞めるように説得する。(と、十代は考えるかもしれない)

 いやいや、こう伝えましょう。「友達がドラッグに手を出したら、すぐにそいつと縁を切れ。二度とコンタクトするな」と。手を染めた者の更生を考えるより先に、まだ染まっていない人間を守ることを優先しましょう。

 できれば、先生に教えてほしい。警察に通報してほしい。でも、まずはその友達と縁を切ること。それを優先してほしい。

 沖縄で大麻。外人さんのルートがいまも存在するのかは分かりませんが、反社会的な集団というか、いつぞや新聞紙上で話題になった「沖縄に進出した半グレ集団」が元になっていたりするのでしょうか。

 若い世代に、伝えたい。

 少なくともわたしは伝えることにします。

 「友達がドラッグに手を出したら、すぐにそいつと縁を切れ。二度とコンタクトするな」

 まずはまだ染まっていない範囲を守ること、すべてはそれからです。

 自分の若かりし頃を思い出して、ちょっとドキドキの沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

組踊300年

 世界のみなさま、おはようございます。

 自分も6万円くらいポンと貸してあげられる人間になろうと決意した、沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 ほんと、心を和ませて頂いた良い話です。

 さて今年は、沖縄の伝統芸能「組踊(くみおどり)」が初めて演じられてから300年を迎えるそうです。

 みなさんは組踊について、ご存知でしょうか。

 琉球王国時代、中国(当時は清朝)からの冊封使(さっぽうし)をもてなすための芸能として創始された歌劇のひとつです。

 歌劇。琉球舞踊と琉球古典音楽を組み合わせて、そこに物語を組み合わせているという意味での歌劇、つまり琉球ミュージカルで、これを創始したのは、当時琉球王府の奉行(踊奉行であったと伝わる)であった玉城朝薫(たまぐすく・ちょうくん)です。

 その後、士族階級の娯楽のひとつとなり、さらには大衆演劇の舞台にまで広がっていったとされています。かなりかいつまんでの説明ですけれど。

詳しくは伝統組踊保存会(http://kumiodori.jp/)をご参照くださいませ。

 さてその組踊。ご覧になったことはあるでしょうか。

 沖縄では、これはわたしが個人的に好きではない県民性なのですが、地元沖縄の伝統芸能

や特産品を必要以上に卑下して見る習性というか特性があるため、またもしかしたら第2次大戦後の日本復帰を願うなかで地元の文化を軽視する風潮が流行ったせいかもしれませんが、この組踊にしても琉球舞踊や古典音楽にしても、大事にされなかった時代が確実にありました。

 たしか沖縄方言についても同様のことを書いた記憶がありますが、今になって「伝統芸能や古典音楽を大事にしよう」などと言い出す人たちを、これまで大事にして守ってきた人たちはどのように見るでしょうね。

 やっと報われる日が来たと。いうことでしょうか。

 まあまあ、皮肉っぽい目はつぶっておきまして、今日の本題はここからなのですが(ここからかよ!というご意見にも目をつぶっておきまして)、この組踊がイマイチわたしには響かないというお話をしたかったわけです。

 わたしはコミュニケーションを大事にする仕事をしていますから、「響くか否か」についてはとても敏感になってしまいます。沖縄に限らないと思いますが、伝統芸能や古典音楽の多くが、この「響くか否か」で淘汰されていく時代にあると考えているのです。つまり、次世代に。

 組踊に関して言えば、わたしは何度も観劇していますが、大変申し訳ないことに、長い瞬き(うたた寝です)をしなかった回は一度もありません。ほんとうに申し訳ないです。

まず言葉(沖縄方言のなかでも上方といえる首里言葉)が分からない。観光客の方ならいざ知らず、首里住まいわたしも日常会話を聞き取れるレベルで、いわゆる若年層になるとほとんど方言を知りませんから。

さらに音楽に乗せたセリフが、まあ歌なのですが、一音が長すぎて、どのような「音」を発しているのか分からない。「花の」を「は~~~~~~~な~~~~~~~の~~~~~~」などとやるわけです。しかも方言で。

つまり組踊を全く知らない人が観劇した場合、セリフの音も取れず言葉も分からないので、ストーリーが理解できない、ただ美しい衣装を着た男女が右に左に移動するだけという絵を見るわけです。

 手元に筋書きと方言および標準語約をつけたセリフなど、資料をそろえたうえで、ある程度筋書きを頭に入れておかないと満足に楽しめない芸能が組踊。だと、わたしは考えております。ほんとにまったく個人的な見解です。

 ですから組踊を今後も伝統芸能として保存していく、あるいは次世代に発展させたいと考えるなら(もちろん考えていると思いますが)、この「何の予備知識もない人が観劇しても、これ面白い!と思わせること」が、達成すべき目標となるでしょう。

 そうでなければ、組踊は継承者もなく廃れていくいずれ過去の文化となる気がします。

もちろん組踊だけではなく、沖縄の伝統芸能や古典音楽のすべてがそのターニングポイントにあるのです。

 なんの予備知識もなくそれを見たときに、面白い!と思わせるもの。かつての組踊も琉球舞踊も古典音楽も、そうであったはずです。ただ、時代は変わってしまった。ならば、時代に合わせたさらなる発展があってもいい。

 それを具現化しているのがスーパー歌舞伎であったりするのでしょう。

 伝統を揺らぐことなく受け継いでいくことは重要です。しかし、時代に合わせて発展するのもまた芸能であり音楽であり、文化であることは間違いありません。

 ぜひぜひご一考頂きたい。

 特に現代の重鎮の方々……ではなく、その取り巻きの方々に。

 以上、見ず知らずの他人に6万円くらいはポンと貸せるようになりたいが、恐喝に遭うのも怖いなあと思う、沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

バイトテロについて、不明をお詫びします。

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原(きらはら)です。

 わたくし喜良原、その昔にキリスト教の教会に通っていたことがあり、しかも聖書を読み合わせ、讃美歌を唄ったこともありますし、意味は理解できなくても聖書を読破した経験もあります。記憶はほとんど残っていないのが玉に瑕ですが。

 そのわたしが、バイトテロ、バカッター、バカスタグラマーの記事で、大切な視点を忘れていたことに気づきました。

 お詫びして、大切な視点をふたつ、追加しておきたいと考えた次第です。

 その視点とは……。

 ひとつめは、「彼らを一度許す」ということです。

 年を取ってから「俺も若いころはよー。」的な武勇伝というか自慢話というか与太話というか、まあ酒の席で話せるネタがあるじゃないですか。

 もちろんわたしにも、しょーもないことですが、いくつかあります。

 その時代にSNSが存在していたら、わたしもそれに投稿していたかもしれず、また炎上していたかもしれず、もしかしたら「人生おわたー」なことになっていたかもしれません。そこのあなたも、いま若者に制裁を加えようとしているあの人も。

 しかし我々が十代の頃にはSNSなどは存在していなかった。ラッキーなことに投稿することも炎上することも個人情報を晒されることもなかった。

 若者が愚かなことをするのは、いつの時代もある話。きっと現代でも。

 というのが、ひとつの視点。

 もうひとつは、「なぜそんなバカな行動に出たのか」という視点です。

 現代の学校教育は、相当な「良い子ちゃん教育」です。いまの未成年は、居酒屋で酒を飲むこともできません(いや、昔から未成年の飲酒は法律で禁じられてはいましたが)。これがバレたら自分の経歴書に「一生が台無しになるほどの傷」を付けられかねません。もちろん教育者の側が、傷を付けるのですが。

 だから、現代の十代は、昔の十代より相当賢いのです。常に「道を逸れない・道草を食わない」ように教育されているので、バカな行動がちゃんとバカな行動として理解できているのです。

 それなのに、なぜ。

 きっと現代も変わらないだろうな、と思える若者の行動原理のひとつに、「反発心」「反抗心」があるのではないか。そのように考えました。

 校舎の窓ガラスを叩き割って歩いたとか、盗んだバイクで走りだすとか、そういう反発心・反抗心が、バイトテロになって表れていないか。

 つまり、雇う側への反発・反抗の行動として。

 ちゃんと「良い子ちゃん教育」されていて、全体的に賢さレベルの上がっている若い世代は、余程のことがなければ、バイトテロのようなバカな行動には出ないでしょう。

 ということは、余程のことが、バイトの現場で起きているのではないか、ということです。

 わたしはコンビニでもファーストフードでも寿司屋でも、お客の立場であって、働く側ではありません。ですから、バイトテロの発生する現場に疎い部分があるのは否めません。

 ここまで列記したことも感傷と推測だと言われれば、その通りです。

 しかし、彼らを雇う企業側は、もっと彼らと話してみて頂きたい。できれば一度は許してあげて、社員教育の不備を詫び、彼らの働く現場に問題がないか、反発や反抗したくなるような状況がないか、確認してみてほしいと提案します。

 現状は厳しく罰することを表に出しつつも、原因究明はきちんと行う。

「ムシャクシャしていた」の理由を丁寧に拾って、働く現場には問題がなかったか、なければいい、問題があったときはどうしたらいいのか、企業側の動きが重要になってくるでしょう。

 いや、ほんとに、このふたつの視点に気づくのが遅れた自分の不明を恥じます。

 許して、考える。

 これこそが、今一度やってみるべきことだと思います。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。

バイトテロ、バカッター、バカスタグラムへの対応策

 世界のみなさま、おはようございます。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原です。

 世の中を震撼させている「バイトテロ」ですが、ほんとうに湧いてきておりますね。恐ろしいものがあります。

 こういうものが流行る前には、自分のプライベート日記代わりに記載していたブログ記事が悪用されたりして、「SNSは世界に直結していることを理解したうえで、記事を書くかどうかを決めなさい」的なメッセージをずいぶんと発信した記憶があります。

 WEB上で発信される情報は、多かれ少なかれ、世界中の人の目に触れる可能性があるというのは、IT弱者の世代にも十分理解されたかと思っていたのですが、やはり教育はケイゾクが重要なのですね。

 WEB上での情報は、多かれ少なかれ、世界中の人の目に触れる可能性がある。大事なことなので、繰り返しました。

 さてさて、今後もこういう「バイトテロ」が、企業の株価やブランドにまで影響を及ぼすとなれば、「テロ犯をクビに」しても、収まらない問題となってきます。

 アルバイター諸君も、せいぜい「クビを覚悟」的な感覚でやっているのでしょう。そのような動画もたくさんありますからね。

 みなさん。

 はい、真っ当な解決策が三つあります。

 ひとつめは、ここで心をオニにして「クビだけじゃ足りなかったので、会社が受けた損害をキミに請求するよ」という動きを、ちゃんと示してあげることです。

 それはもう交通事故で誰かに被害を与えるのと同レベルで、社会人としてやってはいけないことなのだとハッキリ「一罰百戒」の事例を見せるのです。

 キミのバイトテロのおかげで、会社はこれだけの損害を受けた。キミを採用した会社にも責任があるので、損害は折半しよう。はい、〇〇〇〇万円を請求するよ。でも、会社としては個人のことも考えるから、これから毎月〇〇万円を〇〇〇ヶ月間で、分割で支払ってくださいね。

 というやり方です。これを全国に公表してください。

 二つ目は、防止策です。

 バイトテロですから、防犯カメラを身内にも向けることです。勤務状況をカメラで確認できるようにする。カメラで記録していると、ちゃんとスタッフ全員に公表しておきましょう。それで防げるものは防げます。

 三つ目です。

 やはり教育ですね。

 現在、義務教育にもインターンシップが取り入れられています。このキャリア教育のなかでバイトテロの事例を紹介して、厳しく罰せられることを理解してもらう。

 自動車免許更新のアレと同じです。

事故の代償の事例を見せることで、事故を起こさないように心がけてもらう。

 教育が実を結ぶには時間がかかりますけれども、起きたものはひとつ目の対症療法で、現時点で教育の行き届かない範囲は二つ目の防犯カメラで、そしてこれから大人になる世代への教育にじっくり取り組んでいくのが最短ルートだと思います。

 IT社会は現生人類にとっては未経験のことですので、想定外のことはいくらでも起こるでしょう。

 嘆くのはいつでもできますが、対応は早いほど良いです。

 今すぐに着手できることを、始めましょう。

 沖縄らぶびたんDays、喜良原でした。

 ではまた次回。